私が医師4年目の駆け出しの心臓血管外科医の頃のお話です。

 

激務が続く大学病院での生活のあいまに、6週間に1回まわってくる1週間の島当直ライフがありました(大学の給料だけでは生活できないため離島にアルバイトにいっていました)。

そんな激務+ときどきのスローライフな日々の記録です(多少、加筆・修正あり)。

 

 

 

2005年9月6日 台風が接近する中での島当直をしていたある日のこと③。

 

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この診療所には膵臓がん末期の女性が入院している。
おしゃべりが好きで前向きな方だ。
最近、おなかの張りが強くなったのと、背中からおなかにかけての痛みに悩まされている。
すでにあちらこちらに転移を認めていると聞いているため、今年の正月は越せないと思う。



自分が専門する心臓血管外科という領域では「がん」とでくわすことはめったにない。

心臓は筋肉の塊であり、筋肉の細胞が由来するがんを筋肉腫と呼ぶが、かなり稀ながんである。
心臓というとこは血流が速いせいか、がんが転移することも基本的にはない。
自分が心臓血管外科を選んだ理由の1つもここにある。



外科手術の多くはがんとの闘いだ。
そのため、ほとんどの手術がもともとあった臓器の機能を低下させる手術となる。
しかも、状況によっては手術をしたからといって必ずしも元気になるとは限らない。
取り残しや再発という宿命が常につきまとう。



それに比べると心臓の手術とは機能を改善させるための手術である。
がんに対する手術との違いは、きちっとした手術を行うことができれば手術の前より心臓の機能を良くする事ができることだ。
術者(+スタッフ)の腕がよければ、その技術の高さに比例して患者さんを元気にすることができるのである。



自分の数少ない経験の中でも、手術によって救われた重症心不全の患者さんを2人見た。
2人とも内科的に治療を続けていれば、その後立つこともできず数ヶ月以内に死んでいただろう。
そんな人が手術をすることによって元気に歩いて外来にやって来る。
その姿を見ていると、お互い(患者さんと自分たち)にがんばった甲斐があったとしみじみできる。



ただ、手術とは絶対ではないため、全国的な統計では心臓の手術をすることで3%の人間は亡くなってしまうリスクがある。
つまり100人手術すれば3人が亡くなる計算だ。

 

 

うちの施設では年間200程度の開心術をしているため、実際、毎年5人前後は手術後に亡くなるケースがある。
ほとんどは手術前の全身状態の悪い患者さんがそういう運命をたどる。
だが、なかには心臓以外に大きな問題がなく、手術によって命を落とす危険がほとんど予測されていなかったような人が亡くなることもある。
まさに、「昨日までは(手術前までは)あんなに元気そうに見えたのに・・・」という状態だ。



外科医として、「手術しなければ良かった」と自分自身が思ってしまうこと、また患者さん、患者さんの家族に思われることが一番つらい。



どこの科でもやっいると思うが、うちでは定期的に死亡症例検討会、デス・カンファってのをしている。
どうしてその患者さんが命をおとすことになったのか、どうすれば救うことができたのかを皆で検討・討論する。



そんな訳で、外来が暇な今、今年の1月になくなった人の症例を1人で検討中。
データを見てるうちに亡くなったときの情景が思い起こされてしまう。



結構つらいものがある・・・。

 

 

 

がんも早期で発見されれば外科手術(内視鏡治療)のみで治療が終了し、その後の抗がん剤や放射線治療がいらないことも多々ありますが、「外科医の腕の良し悪し」が「患者さんの手術後の経過の良し悪し」にびっくりするくらい影響するのは心臓血管外科だなと、医学部の5・6年生のころの病院実習を通して強いインパクトを受けました。

 

 

 

外科医になろうと熱い情熱を持っていた私としては、「お前の腕が良ければ多くの患者さんの命を助けることが出来るぞ」と言っていた教授の言葉に、自分が進むべき道はここにあると思ったものでした(自分の手術の腕がいいのか、わるいのかも分かっていませんでしたが・・・)。

 

 

 

手術の腕がいいことが、その後の患者さんの経過を大きく変えることはその通りなんですが、長いこと心臓血管外科医をしていると、どんなに「完璧と思える心臓手術」をしたと思っても、がんと同じように再び心臓の機能が悪くなることもありますし、手術をしたことで起こるトラブル(術後合併症)というものもあります。

そういった手術治療の限界をしばしば感じていたので、現在、こうやってアメリカで研究をしているわけなんですが、その当時の私としては、圧倒的な手術の腕でまばゆいばかりに輝いていた心臓血管外科の教授の姿に彼のようになりたいと思っていたわけです。

 

 

 

そして、記事の後半にありますが、医療は完璧ではなく、必ず一定の割合で不幸な顛末が待っていることがあります。

どんなに注意深くしていても起こることがありますし、特に新しい治療を開始したときなどはいつも以上の注意が必要だと感じています。

さらに大切なこととしては、それを「不幸な出来事」で終わらせることはなく、みんなで知恵を出し合って、同じことが起こらないようにするにはどうすれば良かったのかを徹底的に議論することだと思っています。

これまでの医療は多くの人の命の上に成り立ってきましたし、これからもそうあり続けます。

そうであるならば、その人たちの命が最大限の尊厳をもって弔えるように、その原因を追求していくことが我々医療者の大切な仕事の一つだと考えます。

 

 

 

離島医療のほんわかな内容を期待していたかたはすみません・・・

くすっと笑えるような記事もちょいちょいあるんですけどね。