前回、NSTという栄養サポートチームの話をしたので、私の思い出に残っている患者さんの話をちょっと紹介したいと思います。
その当時は私が医師5、6年目くらいのときだっと思います。
このときは大学病院ではなく市中の総合病院に派遣されそこで働いていました。
NSTのチームの中では、責任者は消化器外科の先生がしており、私がサポート役としてはいっていたと記憶しています。
つまり、医師はその2人体制。
リーダーの外科の先生は手術にはいってカンファに出られないことも多く、ほとんどの回診を私が担当していたように思います(まだNSTができて間もない頃だったので、紹介される患者さんの数もあまり多くはありませんでした)。
そんな時に1人の患者さんの紹介がありました。
末期の膵臓がんで、術後の腸管の断端吻合不全があり、小腸皮膚瘻(状況としてはストーマと似ていますが、腸をつないだところから腸液が漏れて、それが皮膚に穴をあけ体の外に腸液がもれてしまう状態)を合併していました。
長期化する入院によるストレス、それによる食欲不振、がんや術後合併症に伴う低栄養状態。
嚥下機能は問題ないので、ポイントは「どうやったら食欲を改善させることができるか?」でした。
栄養状態を良くするためだけであれば、点滴を追加したり、無理やり栄養チューブを入れて、そこから栄養剤を投与することもできます。
何をしたと思います?
もう写真をみて気づいた人も多いと思いますが・・・。
その人の食に対する1番の望み。
それはほっかほっか亭の弁当をもう一度食べたい。
栄養が厳密にコントロールされた病院食にもう飽き飽きしていたんですね。
何弁当を食べたがっていたのかは忘れてしまいましたが、どうしても食べたい弁当があるといっていたのを記憶しています。
主治医はなんとNSTのリーダーをしている消化器外科の先生。
やる気にあふれる新人看護師が、なかなか元気にならない受け持ち患者のために、主治医がNSTのリーダーにも関わらずNSTに紹介してきたのです(もちろん、主治医には了承済みです)。
その先生に「ほか弁を食べさせて良いですか?」と最初に話をしたときは「え?」っていうリアクションをされました。
そうですよね。
心臓血管外科医の若造が、消化器外科のベテランの先生に意見をするんですから。
しかも「ほか弁」です。
食事の内容・形態で治療に特に障害がないのであれば、食べさせてあげていいですか?と根気強くお願いすると、「じゃ、ちょっとだったらね。」としぶしぶ了承(この先生は外科医っぽくなく物腰の柔らかい話しやすい先生でした)。
私は直接その姿を見てはいませんが、奥さんがほか弁を病院に差し入れで持ってきたときの喜びはそうとうなものだったと担当看護師から聞きました。
その後もモチベーションが下がった時に、ときどきほか弁を食べていたと聞きましたが、驚いたことに、それからは病院食も頑張って食べるようになり、栄養状態がじょじょに改善していきました。
嫌がってしていなかった腸管皮膚瘻の管理の仕方も奥さんと一緒に勉強し、自分でできるようになりました(ほとんどは奥さんがしていたと聞きましたが)。
そのケアができるようになったので、ときどき外泊することもできるようになりました。
するとさらに栄養状態も改善し、最終的には皮膚瘻は治ってしまいました。
その後も入退院を繰り返す日々が続きましたが、あのときほか弁を食べさせてもらったことが本当に嬉しかったと、担当看護師づてにお礼の言葉をいただきました。
このとき私は、医療とはただ患者さんを診察して薬や手術などで治療するだけではないことを学びました。
病気ではなく人を診る(できたらその家族も)。
これは私が医師をしている中で、いつも大切に心に刻んでいることです
*ちなみに私も医学生時代はほか弁に大変お世話になりました。多いときは週に5回は食べていたのではないでしょうか(そのため、患者さんの「もう一度ほか弁が食べたい」という気持ちがとてもよく分かりました。アメリカにいる今、むっちゃほか弁が食べたくてしょうがないです笑)。
*病気によっては食事内容にとても注意をしないといけないときがあります。食べさせたいものがあるときは必ず主治医に相談して下さい。