日本医科大学付属病院手術事故隠し事件についての記事を列挙してみました。
1.日医大病院の「脳にワイヤ」訴訟、両親の請求棄却(読売オンライン 2005/1/31)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で手術を受けた後に急死した女性(当時20歳)の両親が、「脳に(手術用の)ワイヤが刺さったのが原因」として、同大学に1億600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が31日、東京地裁であった。
片山良広裁判長は「脳にワイヤが刺さったとは認められない」と述べ、請求を棄却した。
両親は控訴する方針。
判決によると、女性は1997年に川に転落して重傷を負い、同大付属病院に入院。
同年12月15日に折れたあごの骨をつなぐ手術を受けたが、高熱や下痢などの症状が出始め、同17日に多臓器不全で死亡した。
その後、手術に立ち会った医師(46)が両親に「あごの骨にワイヤを入れて固定する際、ワイヤが脳に刺さった」と告白したため、両親が2001年5月に提訴。
大学側は「脳に刺さっていない」と反論していた。
片山裁判長は、「女性の頭部を撮影したレントゲン写真の中には、ワイヤが脳に刺さっていないように見えるものもある」と指摘。
「ワイヤが勢いよく頭の中に進んだのを見た」とする医師の法廷証言についても、「ワイヤは少しずつしか進まないはずで、信用できない」と否定した。
2.日本医大の賠償請求棄却、医療ミス告発医師に過失なし(読売オンライン 2004/7/26)
日本医科大付属病院(東京都文京区)で1997年、手術を受けた女性(当時20歳)が死亡した問題で、同大と執刀医が「虚偽の情報をマスコミに流され、名誉を傷つけられた」として、手術に立ち会った同病院元医師の郡家(ぐんげ)正彦医師(46)に計1億3000万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は26日、請求を棄却する判決を言い渡した。
林道晴裁判長は「記者会見での情報提供などに故意・過失はなく、名誉・信用棄損は成立しない」と述べた。
判決によると、女性は同年12月に下あごの骨などを折り、同病院で手術を受けたが、2日後に死亡。
手術で助手を務めた郡家医師が2000年6月、読売新聞記者に「脳にワイヤが刺さり、患者が死亡する事故があった」と告白。
記者を通じ、遺族に連絡を取った。
その後、読売新聞の2001年1月22日朝刊などの記事をきっかけに、新聞、テレビ各社でこの問題が報じられた。
訴訟では、郡家医師による報道各社への内部告発が、同大の名誉や信用を棄損したかが争われた。
林裁判長は「医師の情報提供は記事作成の端緒となったが、どのような記事をまとめるかは新聞社の判断と責任」と指摘し、医師の不法行為を認めなかった。
一方、告発した医療ミスに関する情報については「脳にワイヤが刺さったことや、これが原因で病状が変化したことを認める証拠はない」と真実性を否定したが、「郡家医師が真実と信じた相当の理由があった」とした。
3.日医大病院、ワイヤで脳刺し死亡(読売オンライン 2001年1月22日)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で一九九七年、あごの骨をつなぐ手術を受けた二十歳代の女性患者に対し、ワイヤを頭がい内に突き刺す医療事故が起き、二日後に急死したことが二十一日、分かった。
当時の担当医の一人が「事故を隠していた」と女性の両親に告白し、発覚した。
両親は事故とその後の管理のずさんさが死因とし、近く同病院を相手取り、損害賠償訴訟を起こす。
埼玉県在住の両親によると、女性は同年十二月、橋から落ちて、右あごを骨折するなどした。
事故の一週間後、同病院であごの整復固定手術を受けた。
手術後、高熱や下痢などの症状が出たが、本格的な検査は行われなかった。
二日後の朝、CT(コンピューター断層撮影法)で脳の画像を撮り、午後から緊急治療が行われたが、約二時間後に心停止した。
執刀医は両親に「死因は多臓器不全で、常在菌に感染したため」と説明。
脳内に出血痕もあったが、「転落事故によるもの」と話した。
しかし、手術から二年七か月後の昨年七月、当時の担当医の一人が父親を訪ね、「事故を隠していた」と謝罪した。
医師は「右あごの骨にワイヤを入れて固定する際、執刀医が誤って脳内に突き刺した」と打ち明け、「感染や髄膜炎などの危険性があったのに、処置を怠り、家族にも知らせなかった」と告白した。
医師によれば、医局内では事故を伏せ、矛盾がないようカルテや家族への説明内容についても申し合わせたという。
両親は先月、カルテなどの証拠保全を行い、レントゲン写真も入手。
写真を見た複数の脳外科医は「最低でも一センチ程度は頭がい内に刺さっている。脳内の出血があるのに、家族に説明しないのは間違い」と話す。
両親は今月初旬、日本医大と同病院に事故調査委員会の設置を求め、提訴の準備を進めている。
読売新聞社の取材に、執刀医は「事故自体が寝耳に水」とし、医局の教授も「事故はなかった」と否定している。
4.日医大手術事故隠し、担当医が両親に告白決意(読売オンライン 2001年1月22日)
一九九七年十二月十五日、同病院の手術室。
執刀医が二十歳代の女性のあごの骨をつなぐため、ワイヤを入れた。
そばで見ていたこの医師には、ワイヤが急に奥に入ったように思えた。
急いでレントゲン写真を撮った。
それを見て、「先生、(頭がい内に)入っているよ」と声を上げた。
脳内を傷つけていれば、感染や髄膜炎などの危険性がある。
だが、執刀医は「大丈夫」と答えただけだった。
実は急死した夜、この医師は病院内の会議室で、レントゲン写真やCT(コンピューター断層撮影法)写真をひそかに自分のカメラで撮り直した。
「何かが間違っている」「事故が隠ぺいされてしまう」。
そんな思いに駆られての行動だった。
ミスを明らかにしようと、両親に解剖を申し入れた。
だが、「これ以上娘の体を切り刻むのは」と拒否され、医局の教授には「そういうことは言わなくていい」とたしなめられたという。
「大学病院を敵に回し、手術ができる職場を奪われたら」と思うと、遺族にはそれ以上言い出せなかった。
この医師は九八年の春、大学病院の関連病院に派遣されたが、事故を忘れることはできなかった。
事故から二年七か月後の昨年七月。
各地で相次ぐ医療事故の報道に接し、「このまま見過ごせない」と、告白を決意した。
医師は父親と会い、三時間以上かけて手術室での出来事を話し、レントゲン写真やCT画像を複写した写真も見せた。
クリスチャンの父親は医師の肩を抱き、「顔をあげて下さい。苦しまんで下さい。神様がとうとう本当のことを教えてくれた」と泣いた。
そして「(事故隠しを聞いて)娘を二度死なせた気がする」とつぶやいた。
レントゲン写真やCT画像を見た別の大学病院の複数の脳外科医は、ワイヤが頭がい内に達していることを確認し、「脳内に出血もあるのに、家族に事実を伝えないのは間違っている。容体が急変したのに事故との関連を追及しない姿勢も問題」と指摘する。
しかし、執刀医も医局の教授も「事故の認識はない」とし、教授は告白した医師に、外部にはしゃべらないよう手紙を送っている。
「医師としての未来が閉ざされたとしても、良心に恥じることはしたくない」
この医師の苦悩に、大学病院はどうこたえるのか。
5.手術後急死で病院側「事故はない」と中間報告(読売オンライン 2001年2月19日)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で一九九七年、あごの手術を受けた女性患者の頭がい内にワイヤが突き刺さり、二日後に急死したとされる問題で、同病院の隈崎達夫病院長は十九日、「事故はなかった」との中間報告をまとめた。
これに対し、遺族側は「ワイヤの突き刺しは複数の専門家が認めており、事実をゆがめている」と反発、近く病院側を相手に、損害賠償訴訟を起こす。
同病院では、先月、事故関係調査委員会(委員長・小川龍副病院長)を作り、調査を進めてきた。
当時の担当医が、「頭がい内にワイヤが突き刺さる事故があった」と指摘した問題については、「鑑定の結果、レントゲンやCT(コンピューター断層撮影法)画像の分析では、脳内に刺さっていない」とし、「(刺さっているとする)別の大学病院の脳外科医らとは見解が違う」と説明したが、だれの鑑定かなどは明らかにしなかった。
死因については、患者の死亡時、遺族に「常在菌の感染による多臓器不全」と説明していたが、「その可能性は薄い」とした上で、新たに「入院前に患者が服用していた特定の薬剤を中止したため、悪性症候群になった可能性が強い」とした。
しかし、明確な根拠は示さなかった。
一方、なぜ手術後二日で急死したのかについては、隈崎病院長が「時間がかかっても明らかにし、今後の事故防止対策などにも役立てたい」と話した。
調査委員長は、問題の手術に「麻酔指導教授」としてかかわった“当事者”の一人。
この点については、小川委員長は「病院のリスクマネジメント委員会の代表を兼務しているためで、問題はない」とした。
6.当初入院の病院がカルテ破棄…日医大ワイヤ問題(読売オンライン 2001年3月13日)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で一九九七年、あごの手術を受けた女性患者の頭がい内にワイヤが刺さり、二日後に急死したとされる問題で、患者が最初にかかった日医大の関連病院が、遺族に「当時のカルテを破棄した」と伝えていたことが十三日、分かった。
関連病院は同日、「うっかり破棄してしまった。反省している」とする報告書を地元保健所に提出したが、遺族は「証拠隠滅ではないか」と反発している。
この患者は同年、事故であごの骨などを骨折し、当初、自宅近くの埼玉県内の病院に入院したが、診察に来ていた日医大病院の医師の勧めで、同大病院に移ってこの医師の執刀で手術を受けた。
遺族によると、埼玉県内の病院に対して今年一月、カルテなどを請求したが、「昨年末、保管場所がいっぱいになり破棄した。
レントゲンとCT(コンピューター断層撮影法)画像だけは、たまたま残っていた」と説明されたという。
破棄された昨年末は、遺族が訴訟を前提に日医大病院に証拠保全をした時期。
医師法は、カルテの五年間の保存を義務づけている。
7.「消えぬ苦しみ」医療ミス遺族が集い(読売オンライン 2001年3月19日)
医療ミスで家族を亡くした遺族たちが話し合い、医療の不正を訴える「カミングアウトして病院と戦う家族の集い」が十八日夜、東京都内で開かれた。
参加したのは、一九九九年七月、綿あめの割りばしがのどに突き刺さり、杏林大医学部付属病院(三鷹市)で治療を受けたが、翌日死亡した杉野隼三ちゃん(当時四歳)の父正雄さん(49)や、昨年十月、埼玉医大総合医療センター(埼玉県川越市)で抗がん剤の誤投与で死亡した古館友理さん(当時十六歳)の父文章さん(47)ら六家族九人。
集いでは、都立広尾病院で一九九九年二月、消毒液を誤って点滴されて妻(当時五十八歳)を亡くした永井裕之さん(60)が「真実が分からなければ、遺族の苦しみはいつまでも継続する」、古館さんが「何とか医療界にメスを入れないと、私たちと同じ思いをする人が出てしまう」、杉野さんの妻文栄さん(44)が「医療ミスだけでなく、過失を隠そうという病院の不誠実な対応で何重にも苦しめられている」と訴えた。
まさに「白い巨塔」・・・。
こういう人たちってなんで医師になろうと思ったんだろう?
1.日医大病院の「脳にワイヤ」訴訟、両親の請求棄却(読売オンライン 2005/1/31)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で手術を受けた後に急死した女性(当時20歳)の両親が、「脳に(手術用の)ワイヤが刺さったのが原因」として、同大学に1億600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が31日、東京地裁であった。
片山良広裁判長は「脳にワイヤが刺さったとは認められない」と述べ、請求を棄却した。
両親は控訴する方針。
判決によると、女性は1997年に川に転落して重傷を負い、同大付属病院に入院。
同年12月15日に折れたあごの骨をつなぐ手術を受けたが、高熱や下痢などの症状が出始め、同17日に多臓器不全で死亡した。
その後、手術に立ち会った医師(46)が両親に「あごの骨にワイヤを入れて固定する際、ワイヤが脳に刺さった」と告白したため、両親が2001年5月に提訴。
大学側は「脳に刺さっていない」と反論していた。
片山裁判長は、「女性の頭部を撮影したレントゲン写真の中には、ワイヤが脳に刺さっていないように見えるものもある」と指摘。
「ワイヤが勢いよく頭の中に進んだのを見た」とする医師の法廷証言についても、「ワイヤは少しずつしか進まないはずで、信用できない」と否定した。
2.日本医大の賠償請求棄却、医療ミス告発医師に過失なし(読売オンライン 2004/7/26)
日本医科大付属病院(東京都文京区)で1997年、手術を受けた女性(当時20歳)が死亡した問題で、同大と執刀医が「虚偽の情報をマスコミに流され、名誉を傷つけられた」として、手術に立ち会った同病院元医師の郡家(ぐんげ)正彦医師(46)に計1億3000万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は26日、請求を棄却する判決を言い渡した。
林道晴裁判長は「記者会見での情報提供などに故意・過失はなく、名誉・信用棄損は成立しない」と述べた。
判決によると、女性は同年12月に下あごの骨などを折り、同病院で手術を受けたが、2日後に死亡。
手術で助手を務めた郡家医師が2000年6月、読売新聞記者に「脳にワイヤが刺さり、患者が死亡する事故があった」と告白。
記者を通じ、遺族に連絡を取った。
その後、読売新聞の2001年1月22日朝刊などの記事をきっかけに、新聞、テレビ各社でこの問題が報じられた。
訴訟では、郡家医師による報道各社への内部告発が、同大の名誉や信用を棄損したかが争われた。
林裁判長は「医師の情報提供は記事作成の端緒となったが、どのような記事をまとめるかは新聞社の判断と責任」と指摘し、医師の不法行為を認めなかった。
一方、告発した医療ミスに関する情報については「脳にワイヤが刺さったことや、これが原因で病状が変化したことを認める証拠はない」と真実性を否定したが、「郡家医師が真実と信じた相当の理由があった」とした。
3.日医大病院、ワイヤで脳刺し死亡(読売オンライン 2001年1月22日)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で一九九七年、あごの骨をつなぐ手術を受けた二十歳代の女性患者に対し、ワイヤを頭がい内に突き刺す医療事故が起き、二日後に急死したことが二十一日、分かった。
当時の担当医の一人が「事故を隠していた」と女性の両親に告白し、発覚した。
両親は事故とその後の管理のずさんさが死因とし、近く同病院を相手取り、損害賠償訴訟を起こす。
埼玉県在住の両親によると、女性は同年十二月、橋から落ちて、右あごを骨折するなどした。
事故の一週間後、同病院であごの整復固定手術を受けた。
手術後、高熱や下痢などの症状が出たが、本格的な検査は行われなかった。
二日後の朝、CT(コンピューター断層撮影法)で脳の画像を撮り、午後から緊急治療が行われたが、約二時間後に心停止した。
執刀医は両親に「死因は多臓器不全で、常在菌に感染したため」と説明。
脳内に出血痕もあったが、「転落事故によるもの」と話した。
しかし、手術から二年七か月後の昨年七月、当時の担当医の一人が父親を訪ね、「事故を隠していた」と謝罪した。
医師は「右あごの骨にワイヤを入れて固定する際、執刀医が誤って脳内に突き刺した」と打ち明け、「感染や髄膜炎などの危険性があったのに、処置を怠り、家族にも知らせなかった」と告白した。
医師によれば、医局内では事故を伏せ、矛盾がないようカルテや家族への説明内容についても申し合わせたという。
両親は先月、カルテなどの証拠保全を行い、レントゲン写真も入手。
写真を見た複数の脳外科医は「最低でも一センチ程度は頭がい内に刺さっている。脳内の出血があるのに、家族に説明しないのは間違い」と話す。
両親は今月初旬、日本医大と同病院に事故調査委員会の設置を求め、提訴の準備を進めている。
読売新聞社の取材に、執刀医は「事故自体が寝耳に水」とし、医局の教授も「事故はなかった」と否定している。
4.日医大手術事故隠し、担当医が両親に告白決意(読売オンライン 2001年1月22日)
一九九七年十二月十五日、同病院の手術室。
執刀医が二十歳代の女性のあごの骨をつなぐため、ワイヤを入れた。
そばで見ていたこの医師には、ワイヤが急に奥に入ったように思えた。
急いでレントゲン写真を撮った。
それを見て、「先生、(頭がい内に)入っているよ」と声を上げた。
脳内を傷つけていれば、感染や髄膜炎などの危険性がある。
だが、執刀医は「大丈夫」と答えただけだった。
実は急死した夜、この医師は病院内の会議室で、レントゲン写真やCT(コンピューター断層撮影法)写真をひそかに自分のカメラで撮り直した。
「何かが間違っている」「事故が隠ぺいされてしまう」。
そんな思いに駆られての行動だった。
ミスを明らかにしようと、両親に解剖を申し入れた。
だが、「これ以上娘の体を切り刻むのは」と拒否され、医局の教授には「そういうことは言わなくていい」とたしなめられたという。
「大学病院を敵に回し、手術ができる職場を奪われたら」と思うと、遺族にはそれ以上言い出せなかった。
この医師は九八年の春、大学病院の関連病院に派遣されたが、事故を忘れることはできなかった。
事故から二年七か月後の昨年七月。
各地で相次ぐ医療事故の報道に接し、「このまま見過ごせない」と、告白を決意した。
医師は父親と会い、三時間以上かけて手術室での出来事を話し、レントゲン写真やCT画像を複写した写真も見せた。
クリスチャンの父親は医師の肩を抱き、「顔をあげて下さい。苦しまんで下さい。神様がとうとう本当のことを教えてくれた」と泣いた。
そして「(事故隠しを聞いて)娘を二度死なせた気がする」とつぶやいた。
レントゲン写真やCT画像を見た別の大学病院の複数の脳外科医は、ワイヤが頭がい内に達していることを確認し、「脳内に出血もあるのに、家族に事実を伝えないのは間違っている。容体が急変したのに事故との関連を追及しない姿勢も問題」と指摘する。
しかし、執刀医も医局の教授も「事故の認識はない」とし、教授は告白した医師に、外部にはしゃべらないよう手紙を送っている。
「医師としての未来が閉ざされたとしても、良心に恥じることはしたくない」
この医師の苦悩に、大学病院はどうこたえるのか。
5.手術後急死で病院側「事故はない」と中間報告(読売オンライン 2001年2月19日)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で一九九七年、あごの手術を受けた女性患者の頭がい内にワイヤが突き刺さり、二日後に急死したとされる問題で、同病院の隈崎達夫病院長は十九日、「事故はなかった」との中間報告をまとめた。
これに対し、遺族側は「ワイヤの突き刺しは複数の専門家が認めており、事実をゆがめている」と反発、近く病院側を相手に、損害賠償訴訟を起こす。
同病院では、先月、事故関係調査委員会(委員長・小川龍副病院長)を作り、調査を進めてきた。
当時の担当医が、「頭がい内にワイヤが突き刺さる事故があった」と指摘した問題については、「鑑定の結果、レントゲンやCT(コンピューター断層撮影法)画像の分析では、脳内に刺さっていない」とし、「(刺さっているとする)別の大学病院の脳外科医らとは見解が違う」と説明したが、だれの鑑定かなどは明らかにしなかった。
死因については、患者の死亡時、遺族に「常在菌の感染による多臓器不全」と説明していたが、「その可能性は薄い」とした上で、新たに「入院前に患者が服用していた特定の薬剤を中止したため、悪性症候群になった可能性が強い」とした。
しかし、明確な根拠は示さなかった。
一方、なぜ手術後二日で急死したのかについては、隈崎病院長が「時間がかかっても明らかにし、今後の事故防止対策などにも役立てたい」と話した。
調査委員長は、問題の手術に「麻酔指導教授」としてかかわった“当事者”の一人。
この点については、小川委員長は「病院のリスクマネジメント委員会の代表を兼務しているためで、問題はない」とした。
6.当初入院の病院がカルテ破棄…日医大ワイヤ問題(読売オンライン 2001年3月13日)
日本医科大学付属病院(東京都文京区)で一九九七年、あごの手術を受けた女性患者の頭がい内にワイヤが刺さり、二日後に急死したとされる問題で、患者が最初にかかった日医大の関連病院が、遺族に「当時のカルテを破棄した」と伝えていたことが十三日、分かった。
関連病院は同日、「うっかり破棄してしまった。反省している」とする報告書を地元保健所に提出したが、遺族は「証拠隠滅ではないか」と反発している。
この患者は同年、事故であごの骨などを骨折し、当初、自宅近くの埼玉県内の病院に入院したが、診察に来ていた日医大病院の医師の勧めで、同大病院に移ってこの医師の執刀で手術を受けた。
遺族によると、埼玉県内の病院に対して今年一月、カルテなどを請求したが、「昨年末、保管場所がいっぱいになり破棄した。
レントゲンとCT(コンピューター断層撮影法)画像だけは、たまたま残っていた」と説明されたという。
破棄された昨年末は、遺族が訴訟を前提に日医大病院に証拠保全をした時期。
医師法は、カルテの五年間の保存を義務づけている。
7.「消えぬ苦しみ」医療ミス遺族が集い(読売オンライン 2001年3月19日)
医療ミスで家族を亡くした遺族たちが話し合い、医療の不正を訴える「カミングアウトして病院と戦う家族の集い」が十八日夜、東京都内で開かれた。
参加したのは、一九九九年七月、綿あめの割りばしがのどに突き刺さり、杏林大医学部付属病院(三鷹市)で治療を受けたが、翌日死亡した杉野隼三ちゃん(当時四歳)の父正雄さん(49)や、昨年十月、埼玉医大総合医療センター(埼玉県川越市)で抗がん剤の誤投与で死亡した古館友理さん(当時十六歳)の父文章さん(47)ら六家族九人。
集いでは、都立広尾病院で一九九九年二月、消毒液を誤って点滴されて妻(当時五十八歳)を亡くした永井裕之さん(60)が「真実が分からなければ、遺族の苦しみはいつまでも継続する」、古館さんが「何とか医療界にメスを入れないと、私たちと同じ思いをする人が出てしまう」、杉野さんの妻文栄さん(44)が「医療ミスだけでなく、過失を隠そうという病院の不誠実な対応で何重にも苦しめられている」と訴えた。
まさに「白い巨塔」・・・。
こういう人たちってなんで医師になろうと思ったんだろう?