ペレルマンは森へ行った | On the Crossroad

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数学は不思議と驚異に充ち満ちた世界ですが、数学者そのものにもひじょうに興味深い人々が多いようです。以前、E.T. ベルの名著「数学をつくった人びと」や「数学は科学の女王にして奴隷」を夢中になって読んだ時期がありました。前者は数学者たちの列伝ですが、そのなかでも全ての分野で卓越した業績を残したガウス、貧困と生活苦の中で栄光を手にすることなく世を去ったアーベル、十代にして群論を作り上げながら、無謀な決闘のために若くして命を失ったガロア、集合論の無限の中に神を見いだしたカントールらの生涯が印象的でした。もし、ベルが現在も生きていて、20世紀以降の数学者たちの生涯も記述し続けたとしたら、おそらくその著書にグリゴリー・ペレルマンの伝記も加わったかもしれません。

ペレルマンはユダヤ系ロシア人の数学者で、少年時代より抜群の数学的才能を現し、ロシアの数学エリート育成機関で高度の専門教育を受けます。そして彼は在学中に数学オリンピックに参加し、全問満点で金メダルを獲得します。その後アメリカやロシアの研究所に所属して、いくつかの優れた業績を残していますが、それらはまだ世間の注目を浴びるほどのものではありませんでした。

彼は2002年から2003年にかけて、世紀の難問といわれた「ポアンカレ予想」の解決をネット上に発表しました。通常の数学専門誌ではなく、インターネットを発表の媒体に選んだのは、すでにこのころから数学関係者たちに対する不信感をつのらせていたためともいわれています。その後他の数学者たちによる検証が行われ、ペレルマンの証明の正しさが確認されました。

彼の名が一躍脚光を浴びるようになったのは、皮肉にもその業績によってではなく、2006年に「数学のノーベル賞」といわれる「フィールズ賞」の受賞を辞退したことがきっかけでした。その頃彼はすでに研究所も辞めており、世間から引きこもって、故郷で母親と二人きりの生活を始めていました。

2010年には、クレイ研究所がペレルマンの業績に対してミレニアム賞(ポアンカレ予想を含む7つの数学的難問の解決に成功した者に対して与えられる賞。賞金100万ドル)受賞を発表しましたが、彼はやはり授賞式に姿を現しませんでした。現在、彼は母親の年金に頼ってほそぼそと暮らしているようで、ときおり森へキノコ狩りに行くのを唯一の楽しみとしているといわれています。


参考:「完全なる証明」M・ガッセン著 青木薫訳 文芸春秋社 2009
   「数学者はキノコ狩りの夢を見る」 NHKハイヴィジョン特集 2007