ヴァンパイア伝説は現代でもさまざまな優れた作品を生み続けている。
漫画では「ポーの一族(萩尾望都)」、アニメでは「BLOOD THE LAST VAMPIRE」などが思い浮かぶが、小説ならなんといっても小野不由美さんの「屍鬼」が傑出している。
この小説は本当に怖い。いい年した大人が「怖い」という感想を述べるのもちょっとアレだが、本心だからしかたがない。
舞台は周囲から隔絶された山間の村落「外場村」である。ある夏の日、村から山奥に入った「山入」という小集落で住民が死に絶えているのが発見される。それから外場村で次々と死者が出るようになる。事態の異常さに気付いた青年医師尾崎敏夫は感染症の発生を疑い、幼なじみで親友の僧侶室井静信の協力をあおいで真相を突き止めようとするのだが、次々と明らかになる不可解な現象を前にして彼は混乱と疑惑に包まれていく。
複雑な内面を抱えた静信は、危機的状況に真正面から立ち向かっていこうとする敏夫に対して次第に違和感をおぼえるようになってくる。そんなときに彼の前に現れるのが外場村に豪華な洋館を建てて越してきた桐敷家の娘沙子である。難病のため昼間は外に出られない彼女は夜間に静信のもとを訪れ、次第に静信と心を通わせていく。
エコ志向の両親に連れられて外場村に越してきた高校生結城夏野は田舎の村が大嫌いで、いつもここから外に出て行くことを望んでいる。彼は同級生の恵から一方的に思いを寄せられているのだが、彼はそんな彼女も大嫌いである。しかし、恵が謎の死を遂げた日から彼は村を襲っている異常事態の真相に気付き始め、周囲の大人たちにそれを伝えようとするのだが、誰も彼の言うことに耳を貸そうとしない。彼はやはり事態の真相に気付きつつある田中の姉弟とともに、自らの手で事実を証明しようと試みるのだが・・・
この小説の怖さは、村の住民たちが次第に死によって包囲されていくプロセスの緻密さと細部の描写の迫真性にある。
文庫本で5巻もある大作なので登場人物もひじょうに多い。私は登場人物の名前や家族関係を憶えるのがとても苦手なので、長編小説の場合はノートに人物名と家系図を記入しながら読んでいく。死亡した人物には十字架マークをつけていく。この小説には百名近い登場人物が現れるのだが、彼らに次々と死亡マークが付いていくのが慄然とする気分だった。
著者の細やかな心理描写は刻々と絶望的な状況に追いつめられていく村人たちの恐れ、混乱、猜疑、自己保身、現実逃避、無為といった内面を克明に描き出していく。
物語は終盤で大きな転機を迎えるが、身内が身内に対して敵対する内乱的状況の凄まじい悪夢的悲惨さが迫力に満ちた筆致で綴られていく。
この小説でとりわけ目を引くのは、随所に現れる死にまつわる描写のリアリティである。
この作品には実にさまざまな死が登場する。古風な葬儀によって送られる死者、精気を失って死んでいく犠牲者、腐臭を放って朽ち果てていく屍、四肢を引きちぎられもがき苦しんで死んでいく者たち、残虐な手段によって肉体を破壊される死者たち、老人の死、子供の死、母親の死等々。
また、それらの死者たちの周りには家族を失って虚脱する遺族たち、、他人の死に無感動な隣人たち、最愛の人を喪って怒り悲しむ者、自らの死に怯え絶望する者もいれば死の恐怖に敢然と立ち向かう者もいる。
著者はこれらのさまざまな死の様相を克明に描出することによって、死にまつわる聖性と汚穢のイメージを表現する。だからこの作品は単なるグロテスクなホラー小説のレベルを越えて、人間の実存に関わるより高度な文学作品に近づいているのである。
著者はさりげない日常性の描写にも優れている。田舎の医院や寺の跡取り息子である主人公の青年たちのどこか屈折した心情や、さびれた田舎の村でいつか外に出て行くことを切望しながら退屈な日常を無為に過ごしていくしかない少年少女たちの鬱屈した心理のリアリティは、似たような境遇を経験したことのある人々の共感を呼ぶだろう。私も田舎者だし。