子育て | 愛妻日記 =熟年夫婦の仲良し生活=

子育て

前述したように、簡単に言えば「未熟な親が子育てをしている」


現状であるが、親を再教育することは出来ないのである。


ならば、現在親である人やこれから出産をしようとする人に


考えて欲しい事を願いたい。


赤ちゃんが出来たら、親として最初にして欲しい事は、両親で


子供に対する教育方針を話し合う事です。


自分の子供を如何に育てて行くのか? どのような人間に


育って欲しいのか? その為に、親として如何にあるべきか?


方針とは仰々しいものではありません。


私の家庭では、妻と話し合い以下の事を決めました。


1.子供には自分の行動に責任を持てる人間に育って欲しい


2.その為には、親としてOKを原則とすること。


以上の2点です。


我が子にどのような人間になっ欲しいかは親によって違うとは


思いますが、少なくとも一流のスポーツ選手や有名な芸能人に


育てようと言うのではなく、人としてどうあって欲しいかです。


良く、若くして才能を開花させたスポーツ選手や芸能人の親の


子育て方法などが紹介され持て囃されておりますが、私の


言っている事は、その前段階です。


これが、しっかり決まっていなければたとえ一流に育てたくとも


真の一流にはならないと思います。


その為に親として如何にあるべきかは私達夫婦は以下のように


決めました。


1.子供の欲望を基本的にはOKから話をしよう。


2.善い事、悪い事、も含め出来る限り経験をさせよう。


3.子供の行為による責任は全て親である自分達が取なければ


  ならないと言う事を自覚しよう。


4.小学生になるまではこの3点をしっかり実行して、それからは


  子供の成長と行動を見ながら、親として如何にあるべきかを


  決めて行こう。


実際、私達はいつもこのことを実践する努力をしましたが、この事が


如何に我慢をしなければならないか、と言う事に気づかされました。


それは、我が子の様子をじっと見ている事が必要だからです。


それは熱いよ、頭をぶつけるぞ、階段から落ちるなよ、・・・・・・・・


毎日がハラハラドキドキです。 私達は働いていましたから祖父母が


日中は子育てをしてくれましたが、祖父母には本当に頑張ってくれ、


毎日の我が子の様子を報告してくれました。


私達の子育ての方針も理解してくれましたが、それでも孫は実の子


よりも可愛いとの喩えの通りです。 怪我をさせまいと必死です。


私は経験こそが教育だと思います。親が子供の経験の機会を閉ざす


事はしてはいけません。勿論手放しでかまわないのではありません。


経験をさせる度合いを親が決めてあげるのです。


例えば、階段から落ちたら怪我の恐れがありますが、その痛さを


知っているのは、階段から落ちた人だけです。


ならば、我が子にその経験をさせる必要があります。最上段から


落ちて大怪我をさせないために・・・・。


親は可愛い我が子に自分と同じ痛さを味あわせたくないために


それはしてはいけない、やってはいけない、と言いがちです。


そうではなくて、早い時期に階段の1段目から落ちる経験をさせて


あげるのです。それでも怪我をしないか心配なはずです。


でもそれを我慢する覚悟が親には必要なのです。


子供が自分で経験したことを覚えて行く姿は、何にもまして親の


喜びとなるでしょうし、感動すらします。


小さな困難を親として我が子に経験させ解決させてあげる事が


必要であると考えます。 その過程で子供の成長につれて、


親として如何にあるべきかの次の実践課題が見えてくるのです。


保育所や託児所に預けながら子育てをしようとする方は特に


自覚して欲しいのは、子育ては保育所や託児所の仕事では


無いと言うことです。 ある程度の安全の確保に役立つ施設


ぐらいに考えておくことです。そこで子供が覚えてきたことは


親としてラッキーな出来事であったと思うことです。


よく託児所や保育所などの保育士などの評価を親はしますが


親が望む事を全て実行してくれるよう望むのは如何に仕事とは言え


他人様に期待すのはいかがなものかと思うのです。


最近教師に対して、躾が出来ていない!などと教師に苦情を言う


親が居りますが、教師に我が子の躾を要求すること事態が


無理なのです。 呆れた親であり、親の責任を自覚していないと


言うしかありません。