皆さんは”我思う故に我あり”という名言を残したフランスの著名哲学者ルネ・デカルトをご存知と思いますが、彼はそれ以外にも”困難は分割せよ”という”意味深”なことも言っており、今年後半スポーツ復帰した僕の成功体験からこの言葉の意味を深掘りしたいと思います(^_^)
その前に16世紀末フランスで生まれ、近世の代表的哲学者デカルトについて簡単に説明すると、彼は哲学者の名を馳せたのみならず数学・物理学でも素晴らしい成果を残し、その発想は極めて先進的で現代においても非常に役立つらしく、例えばデカルト提唱の(数学)座標軸は現在、IT(プログラミング)分野で欠かせない理論とのこと(O_O)
なので、デカルトのような賢者が述べたことを我々は十分に参考にすべきですが、ここで”困難は分割せよ”を説明すると、例えば複雑・難解な仕事を最初から一気に試みようとしても達成出来ず挫折しがちてですが、そういった仕事も段階的に分けて行うと楽になり最終目標まで到達しやすいことです。
これについて”そんなのごく当たり前!”言ってしまえばそれまでですが、往々にして我々は乗り越えるハードルが高ければそれを見た途端、”あ~、そんなの絶対無理。。”とチャレンジ前に諦めてしまうのですが、”困難は分割せよ”を取り入れて戦略的に取り組めば実は貫徹する可能性も少なくないはずで、そういった際この言葉の価値が急上昇するのです(O_O)
さて僕自身昨年の大怪我後、今年後半なんとかスポーツへ復帰しましたが、正直この年齢で1ヶ月近くの車椅子・松葉杖生活を強いられると、メンタル的に”あ~、スポーツはもう無理。。”と諦めモードになった話は既に本ブログでお伝えしました(>_<)
ところがこの年齢でも怪我からの回復力は僕の予想を遥かに上回り、受傷後丸1年経過した途端回復が一気に加速し、”もうスポーツは無理。。”との泣き言は、自らの年齢を理由にスポーツを諦める言い訳に過ぎないことに気付かされたのです。。
そこで僕は、パンデミック前から体力向上に取り組んでいたランニングを再開しましたが、漫然と走ってもパフォーマンス向上は得にくいので、ケガ以前のマラソンタイム達成を目標に再チャレンジしました\(^o^)/
その後しばらく我流で走り込み、ようやくケガ以前レベルまで戻ったもののそこで頭打ち、走力が全然伸びず、こういった障壁に直面した際にありがちな”ギブアップ宣言”、”これ以上無理。。”と中半くじけそうになりました(T_T)
ただ”このまま諦めたら一生後悔するのでは?”と思った途端、真っ先に思い付いたのがランニング・コーチの手ほどきを受けることで、早速僕はその手はずを整えるとランニング・コーチは僕の走りを見て「まずは体幹筋(腹筋群)を鍛えバランス・効率良い走り方を身につけ、さらにスピードアップに必要な股関節を意識した走り方を習得しましょうと。更に週一度、スタミナ作りの長距離(15~20キロ)ジョギングを行いましょう」と言いました。
このトレーニング法こそ、まさに上述の哲学者デカルトが述べた”困難は分割せよ”を取り入れたものであり、それに比べて僕のランニング法は我流・闇雲だっため、困難にぶち当たった途端解決法がなく直ぐに絶望・諦めざるを得なかったのです(゚◇゚)ガーン
僕はこのランニング・コーチのデカルト流・トレーニングを受けながら、来春出走予定のマラソン大会でその成果を得る予定ですが、現時点で少なくとも”ただただ走る”のみの単純で辛い印象しかない長距離走に楽しみ・喜びを見いだせたので、それだけでもコーチ・レッスンを受けて正解だと思っています\(^o^)/