実に久しぶりに、カラオケに行ってきた。

私のようなクラシック上がりの人間は、カラオケが好き、って言うとちょっと驚かれたりすることがある。でも好きだもん。そういえば、大学時代の声楽の師匠もカラオケ大好きだったなあ。

 

一緒に行ったのは、なんと高校時代からの、長い長いつきあいの友人。
彼女は本当に音楽が好きで、いまだに、私が下手なピアノを弾いたり歌ったりすると喜んでくれる、というめっちゃ奇特な人である。

 

さて何を歌おうか、とタブレットを操作してたら、初めてこの機能に友人が気づいた。

「〇〇〇〇年に流行った曲」

という項目があったのだ。

 

おやおやおやおや!!私たち、同級生よ!盛り上がるに決まってるじゃない。

早速、高校3年生の年を選んでみると…、ああ懐かしや。

受験の年だったのにね、毎晩この曲聴いてたわ!クラスでも人気だったよねこの曲!ってな感じで、居酒屋のメニューじゃないけど、上から全部頼む、な感じ。

いやいや、高校卒業がそんなに遠くない人々にはこの気持ちは分かるまいがね…、なんとなく記憶の彼方みたいになっちゃってる当時のあれこれが、年ごとに並べられた途端、リアルに思い出として立ち上がってくるような快感が、そこにはあったのである。じゃあ、2年生の時の曲は?その前は?と、どんどん遡って歌い続けたのは、言うまでもない。

 

具体的に曲名を挙げちゃうと年齢がバレるので言いませんが(今更…(笑))、しみじみと、この時代まで生きてきて、ちょっとはいいこともあるじゃん、と思ってしまった。大げさだな。私は若い頃から死別しちゃった人が多いので、何となく、生きてることが恥ずかしい、申し訳ない、みたいな気持ちがずーーーっとある。でも、「カラオケにこんな機能がついたのよ!一緒に歌いたかったね!」と、天国の大好きな人たちに言いたい、そんな風に思いながら楽しい一夜を過ごしたのであった。

 

歌は世につれ、世は歌につれ。

今後の人生は、音楽に恩返しをしていきたい、と、強く思った。友人Mよ、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった今なんだが、たまたまTVをつけたら、「赤毛のアン」のアニメがNHKで放映されていた。

ずーーーーっと前に、カルピス劇場だかでやってたのとは、また別のヤツだったと思う。話はかなり終盤で、観ながらついつい泣いてしまった^^;

というわけで、久しぶりに「赤毛のアン」のことを思い出したので、ちょっと書いてみます。

 

そういえば…。今日のブログ再開もそうだけど、実は私がこのブログを始めたのも、「赤毛のアン」を題材にした映像作品がきっかけだった。そのドラマは、私の中では、思い出したくもないほど酷いもので、アンを穢すんじゃねー!と憤った私は、その怒りに任せて、何かひとこと言っときたいぞ、と、勢いでこのブログを開設したのである。

 

…まあ、そんな話はどうでもいい。

なぜ私が、幼いころから「赤毛のアン」に傾倒し続けたか。その理由はたくさんあるが、最初に魅せられたのは、主人公アンの、輝かしいネーミングセンスだったように思う。

 

冒頭からほどなく、お喋りなアンと寡黙なマシュウが、グリン・ゲイブルスまで、それはそれは素敵なドライブをする。

美しい自然の中を、馬車に並んで座って、お互い戸惑いながら…、しかし、本当は、より緊張して、ものも言えないはずのアンの方が、景色の美しさに、口が止まらなくなっていくのだ。

 

あれは並木道だよ。

あら、並木道、なんていう平凡な名前は似合わないわ。私なら…私なら、そう、「歓喜の白路」にするわ。それが一番ふさわしいんですもの。

 

これを皮切りに、アンは、プリンスエドワード島の小さなアヴォンリーの、ひとつひとつの場所に、さまざまな名前をつけていくのであった。その全てが、「自然は芸術を模倣する」かのごとく、読者に伝わる。アンの感動と大げさな言葉が、より美しく自然を描写する、そんな一面もあるのが「赤毛のアン」なのである。

 

私は、非常に散文的な、殺風景な、面白味のない人間だ。

しかしアンのお蔭で、ちょっと心を揺さぶられた風景を観たとき、それをただ、山である川である海である湖である、で片付けるのではない、いわゆる「詩心」(なんちゃって、だけどね)のようなものを貰った気が、今でもしている。

 

生きているうちに、一度は訪れてみたい場所のひとつが、プリンスエドワード島である。

いやはやなんとも、非常に久しぶりの更新となってしまった。

いろいろあったのだが、まあ、ご挨拶はこれくらいで。

 

今年、ほぼずーっとこのブログを放置していたが、その間、私に起きた大きな変化のひとつが、「推しができた」ということだった。

若きボーカルグループ「mic_alone」

 

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たまたまショッピングをしていたモール内で、イベントを見たのがきっかけだった。ほんとにほんとに、偶然の出会いだった。

ちょっと聴いてみようかな、そんな程度で立ち止まったというのが正直なところ。

しかし、その一度が、以後長引いた。このグループの、美しいハーモニーと力強い歌唱に魅かれ、これまでそんなことをしたことはただの一度もなかったのだが、以来、私は彼等のステージに、今年一年というもの、毎月通い続けたのである。我ながら、これは今でもちょっと不思議なくらいだ。数えたら25回くらい行っている。近場ばかりではない。バカである。

 

…こんな一年を過ごしたことで、なんとなーく停滞していた私の行動範囲はちょっと広がった。出かける先はもちろんだが、読む本、聴く音楽、検索するワード、ネットでのあれこれ、それらに新しい触手が出てきたように思う。

 

そういえば、成人し、就職した息子が別居になってから、もう数年たつ。その数年の間に、息子との生活から入ってきていた様々な情報や空気が、少しずつ薄れていたのかもしれない。そんな寂しさや空虚さを、「mic_alone」が埋めてくれた、そんな一面ももしかしたらあったかも。

ありがとう、マカロンことmic_alone。

 

 

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