「もう少しだ」継父はそう言った。ソウタはやっぱりくるんじゃなかったと後悔しながら急な山道を登った。
「ここだ」継父が言う。そこは平地になっており、ポツポツとテントが張られていた。
「よし、作るぞ」
「ちょ、ちょっと休ませてよ」
「すまん、じゃあ、一人で作るから休んでてくれ」一緒に休んで後で作るっていう選択肢は無いのかよ、とソウタは心の中で言った。
結局ソウタは継父がテントを一人寂しく作るのを見ながら座って休んでいた。
継父から急にLINEが送られてきたのは1週間前だった。その内容は今度の週末、二人でキャンプに行かないかとのことだった。
中学の時、ソウタの本当の親父は癌でこの世を去った。ソウタは昔から子煩悩で面倒見が良い親父のことが大好きだった。ソウタは子供の頃野球に熱中しており、親父はよくキャッチボールをしてくれた。中学に入って、野球はやめてしまったが、親父とのキャッチボールは続いた。今思うと中学生になってまで親と遊ぶなんてなんだか照れ臭い。
だが、中学二年になった時、親父は突然入院した。そして、その年の冬に亡くなった。ソウタはそれから一人部屋に篭って泣くことが多くなった。母も塞ぎ込むことが多くなっていった。
それからしばらく経ち、ソウタはなんとなく親父の居ない世界を受け入れる余裕ができたきた。中学を無事卒業し、高校に進んだ。そんなある日、母が突然知らない男の人を家に招いた。そしてこう言った、この人と再婚しようと思うの、と。ソウタは別に反対しなかった。だが、それは母が再婚して幸せになってほしいとか、そういう前向きな賛成ではなく、ただ母が再婚してもあの大好きだった親父は戻ってこないのだからどうでもいいという、消去的な理由だった。それからしばらく3人で暮らした。母親は少しだけ楽しそうだった。ソウタはそのことがちょっぴり嬉しかった。だが、継父との会話は少なく、なんとなく心の距離を感じていた。ソウタは大学に進学し、そんな気まずい家を飛び出し、一人暮らしを始めたのだった。
ソウタは正直継父とはもう関わらずに生きようと思っていた。しかし、そんな矢先、先のようなLINEが届いた。ソウタは断る理由もなく、気がついたら分かった、いいよと返信していた。
「よし、できたぞ」
「ありがとう」ソウタは感情を込めずに言った。
「さて、火を起こして、肉を焼くぞ。ソウタは野菜を焼いてくれるか?」
「うん」ソウタは下を向きながら頷いた。継父にまともに名前を呼ばれて、少し親父を思い出した。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだった。
それから二人はほぼ無言で火を起こし、食材を焼き始めた。
「ソウタは酒飲めるんだっけ」継父が沈黙を破る。
「いや、梅酒は大好きだけど、それ以外の甘くないお酒は苦手」
「了解」
それを最後に継父とソウタはまた無言になった。
焼き終わると継父は無言でビールとコーラ注ぎ、テーブルに置いた。
「じゃあ」継父は照れくさそうにビールを持った。
「うん」照れくさいのはこっちだと内心思いながらソウタもコーラを持った。
「乾杯」
それから終始無言のディナーが始まった。
継父は最後の肉をソウタの皿に置いた。
「ありがとう」ソウタはそう言うと最後の肉を食べた。
あたりはすっかり暗くなり、目の前でゆらめく火はとても綺麗だった。
すると継父はカバンから瓶を取り出した。
「それ何?」ソウタはふと気になって言った。
「ワイルドターキー8年っていうウイスキーだよ」
「へー」ソウタはまた感情を込めずに言った。
「飲んでみるか?」
「うーん、じゃあ少しだけ」ソウタはウイスキーという飲み物の存在は知っていたが実際飲んだことはなかった。
継父はクーラーボックスから氷を取り出し、コップに入れ、瓶を傾け、琥珀色の液体を注いだ。
「じゃあ、改めて」継父はさっきより慣れた調子でコップを持った。
「うん」ソウタは自分が少しずつ継父に気を許していくのを感じながらコップを持った。
「乾杯」
ソウタはゆっくりとウイスキーを口に含んだ。
最初に木材の渋みがやってきた。ソウタはやっぱりまずいと思った。しかし、その後やってきたバニラとキャラメルのような深いコクは少し癖になり、悪くないと思えた。
「やっぱマズイ」ソウタは嘘をついた。
「最初はそんなもんだ」継父は笑いながら言った。
「だけどこうしてしっぽり火を見ながら飲むマズイ酒も悪くないだろ」
「うん」どういうことだよ、と突っ込みたくなる気持ちを抑えて言った。
「ソウタ」
「うん?」
「またこうして二人で会ってくれるか?」
ソウタはこの時、親父としたキャッチボールを思い出した。
「そうしたらもうちょっと美味しいお酒教えてくれる?」
「あぁ」
「なら、いいよ」
「ありがとう」
二人は今日初めて笑い合った。まるで本当の親子のように。