北方水滸・楊令伝 総まとめその1
こんばんはイカチョスα・ホプリテスです分かりやすくするために、人名には濃いピンク、地名には薄青、国名にはオレンジをつけていきます間違っていたらすみませんまずは、歴史内容から振り返ってみます中国、北宋末期―紀元後1120年ごろに宋江を中心とした、36人が梁山湖にある砦に拠って反乱を起こしました反乱の勢いは強くて、官軍が攻めてもなかなか降伏させられなかったようですそれと同時期に、江南地方では方臘の乱が起きて、北宋は、南北両方に反乱を抱えていましたその頃、北宋の北方、現在の北京である燕京が中心都市の燕雲十六州について、当時の保有国の遼に対して、遼内での新興国、金と同盟を結んで、前々からの悲願であった燕雲十六州の奪還に向けて攻めました金との同盟でうまくいき、燕雲の一部を獲得しましたさらに欲が出て、今度は遼と同盟を組み、金と戦い燕雲をもっと奪回しようとしましたしかし、その作戦は大失敗して、金が宋まで攻めてきて、北宋滅亡の大きな要因を引き起こしてしまいましたここからは、普通の水滸伝の話です事実と同じ頃に、宋江が、晁蓋という人物と、『替天行道』というスローガン的なものを作って、同志を求めます最終的には108人の豪傑が集まりましたついでに、水滸伝百八星のうち最初の文字に天がつく人は実在した人物地がつく人は、後に創作された人物だということが広く知られていますそれぞれ、いろいろな理由があり、梁山泊に入って、官軍と戦い、高俅軍に打ち勝ち、北宋の招安を受け入れますここまでで、百八星に名を連ねていない、頭領、晁蓋の戦死以外、108人全員が生き残りましたそして、方臘の反乱を討伐するまでに、毒殺、病死、自殺、戦死などで大部分の人が死亡、ほかの人もなんだかんだで抜けていって、梁山泊の反乱軍が消滅します招安以降はものすごい早いと思います読んでないけど・・・北方水滸伝シリーズについては、次に書きます参考:宋江 北宋