こんばんは
しらこまです
前記事の続き。
北内郭の後はさらに北へ進む
甕棺墓列
少し土が盛り上がっている部分がそうで、
当時(弥生時代頃)に埋葬方法としてひょうたん型の甕棺に遺骸を入れたんだとか
この甕棺墓列が吉野ケ里遺跡の代表的な部分
600mに渡って甕棺墓が埋められていて、甕棺ロードともいうんだって
こうしてみるだけでもかなりの数埋められてる
掘り起こすとこんな感じ(もちろん復元されてるもの)
続いて北墳丘墓
古墳時代の前の時代の遺跡でありながら、古墳に近いものがある
古墳は、一つの古墳の中にたいてい一人を石室の中に石棺や木棺に遺骸を入れて葬るけど、
この北墳丘墓は王クラスの人たちの遺骸を甕棺に入れて葬ったらしい
墳丘を作っているというところで、一般の人との違いを作ったんだね
副葬品もガラスの管玉とか豪勢なものだったって
北墳丘墓の中は保存されて、見学できるようになっています
この甕棺も当時のもの
およそ2100年ほど前の人々の甕棺だって
北墳丘墓からさらに北にいくと、甕棺ロードの本隊が
この甕棺墓列には約1000基の甕棺があって、吉野ケ里遺跡全体だと3000基も見つかってる
当時の人口はそんなに多くないだろうから、結構な年月引き継がれてたんだろうね
周りにもたくさん甕棺墓があった
ここらへんでスケジュール的に厳しいので引き返して帰る
南内郭そばのの展示室は改修工事で見られなかった…
歴史公園は入口が複数箇所あるけど、それぞれ結構遠い位置にあった
吉野ヶ里歴史公園を見た後は長崎方面に移動
佐賀駅で特急に乗り換え
特急かもめ
車中は結構寝てました
この日はホテル出てからキャリーケースを持った移動もあって大変だった
太宰府駅と吉野ヶ里歴史公園駅でロッカーとか預り所に預けたけどね
ということで着いた長崎駅
この時期にこの北部九州旅行に行ったのはこれがあるからでした
長崎ランタンフェスティバル
細かい様子は次の記事で
ホテルも熱烈な歓迎ぶりでした
続く。















