なにをなくしてしまったのだろう
なにを目指してきたんだろう
ここまできた意味。
思いのある家族に恵まれてよかった
心ある人たちに出会えてよかった
時に殴り刺しにあうような痛みに出会い
時にすべてが許されるような愛に出会い
そこを経て手にしかけたものは
一体なんだったのだろう
私は愛されていたと思います。
ただひとり自分を除いては。
まじめにひたむきに
素直で優しい人たちがそばにいました。
とても救われた。
だけどオトナになって色々なことがあって
まじめでひたむきで
素直で優しい気持ちが
なんなのかよくわからなくなった
そのかわりに
卑屈で勝手でごう慢な気持ちは
よくよく知った。
こんなことを言っている自分は
とても子供だと思います。
未熟だと思います。
だけど、
普段、こんなことすら考えなくなった、
そんな自分がとてもおそろしい。
考えることすら
感じることすら
なんなのかわからなくなった。
自分の輪郭がわかりません。
自分というものがわかりません。
自分ってどこですか?
大切にしたい感覚って
なんでしたか?
自分や身内の昔のblogを読んでみると、
とても素直な言葉たちが溢れてました。
未熟でかわいいまっすぐな思いが
伝わってきました。
自分を見つけるために
すべてが必然のタイミングで
出来事と人物に出逢っている
自分を見失って
逃げたらいけないところで逃げたり
見ないといけないものも見えなくなったり
心なく頭でっかちになることもあるけれど
そのなかでもこの感覚を大切に、
感謝をして、成長していこう。と。
もはや、そんな自分がいるのかすら
わかりません。
本当の自分
本当の仲間はどこですか?
人を愛したいとは思いますが、、
本当の私はどこなんだろう。
愛するってなんなんだろう。
私たちが大切にしてきた感覚って
なんだった?
もう
うその自分を生きていくことが
白々しい。
なにを突き詰めていくのだろう。
自分をいきる
自分を見つけるとは
なんでしたか?