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Yosshy's Memoranda

とりあえず“何でもアリ”だったのが、ややフランス語やフランス関連にシフト中です。それほど頻繁に更新されないかもしれませんが、よろしくお願いします。

 遅くなりましたが、去る8月20日に1日の休みを利用して(要するに日帰りで)広島へ。国際アニメーションフェスティバルを見に行くためだった。

 

 今年で16回目を迎えるこの大会は、2年に1度、5日間の日程で開催され、世界中から主に商業アニメでない作品が多数寄せられ、コンペティションを行うもの。一般によく目にする日本のアニメに見慣れている方には新鮮に映ることであろう。過去には山村浩二さんがグランプリを取ったこともある。

 

 さすがに1日では…と思いつつも、原始的なパラパラ漫画はもちろん、手描きの暖かみのある、メッセージ性の強い作品をどうしても見たかった。今回はフランスの短編とフィンランドの短編に絞って見ることに。

 

 フランスの作品は、ポール・グリモーの短編集。タイトルは忘れたが、音楽で悪意に満ちた王様をも踊らせてしまう作品や、愛は何者にも勝ることを描いた「小さな兵隊」など、大人が見ても楽しめる作品だった。フィンランドの作品は人間の弱みというか本性を鋭く表した作品が見られ、こちらは考えさせられる点でのめり込めた。

 

 このほか、この大会の創設者の1人であるアニメーターの故・木下蓮三さんを特集したコーナーも見学。かつての「ホカロン」「赤福」のCMに登場したキャラを手がけたことでも知られ、そのひととなりと作品を紹介していた。

 

 次は2年後。どんな作品が出品されるか今から楽しみだ。なお、今回はマスコットキャラ「ラッピー」のぬいぐるみを手に入れることができた。前回大会では最終日に行ったためか、会場では既に売り切れていて、手に入れることはかなわなかっただけに、今回手にしてまずはひと安心(笑)。

 これほどまでに中途半端な語学力。自業自得といえばそれまでだが、もどかしい。

 仏検1級に続きDALF C1まで「不合格」。こちらは3点足らず。だが、数点足らないからあと一歩、ということではない。足りないことが多すぎる。最たるものは仏検1級の項目でも触れた「教養あるフランス語の力」ーー言い換えるとアカデミックな場でも通用する言語力であるーーと読書量である。

 DALF C1=CEFR C1レベルが要求するのは高等教育で通用するフランス語力である。例えば、大学で使われるテキストが読みこなせるか、講義を聴き取ってまとめられるか、小論文やディセルタシオン、サンテーズが書けるか、ゼミで構成の整った内容のあるプレゼンテーションができるか、などである。それぞれ順に読解、聴解、作文、口頭試問に相当し、今回の結果は13/25、8/25、12/15、14/25だった。聴き取りが及第点からはるかに劣る。

 これは、フランス語のリズムについていけていないことを示している。話し言葉のスピードに遅れを取っているだけでなく、読む時も時間をかけなければ内容を理解できないということ(特に内容が豊かになってくると)。例えば、読む時にしばしば前に戻って確認する「返り読み」をしているとか。話し言葉は、基本的に聞き手が理解できていないからといって前に戻らず、そのまま一直線ですよね(会話で「もう一度おっしゃっていただけませんか」と確認をとる場合は除く)。

 では、口述が14点と4分野の中でとりあえず一番良かったのはなぜか? 語彙や内容は伴わなくても、プレゼンの型を理解した上で言いたいことを型に落とし込めばそれなりにスラスラ言えるからであろう。母語でも(緊張すれば別ですが)大半の人は内容を問わなければ、ある程度型に従って言いたいことがスラスラ言えるのに対し、まとまった放送や講話(特にアカデミックな場合)を理解するのは困難だという人が結構いるのと同様である。

 ここで忘れてはならないのが、当該レベルをネイティヴの(大学入学前の)高校生程度と仮定すると、読書量の大切さである。日本でも有名大学を受験する生徒ならしかるべき読書量が想定される。学校で使うテキストや文学作品、新聞…。同様にフランス語が母語の高校生も大学入学前なら相当量読んでいるはずで、その量は日本の高校生よりも多いと想定される(特に文学作品、授業で読み込む量が違う)。我が身を振り返ると、フランス語に関しては「読書量が足らないなぁ」(英語もおそらくそうであろう。日本語も?)。

 以上をまとめると、聴き取りが苦手⇄読むスピードが遅い⇄読書量が足らない、ということである。従って、今後の対策は一にも二にも「読むこと」、特に量の面においてである。量を読む→分からない言葉が減る→読むスピードと理解力が向上する。これをベースに聴き取りの力が上がり、作文力や口述力も磨かれる。これは、フランス語だけでなくどの言語でも同じなので、母語プラス2カ国語、3カ国語と極めようと思えば、その分どの言語においても読書量を増やさなければならない。「言うは易く行うは難し」だ。
 英語、フランス語の次は…と考えて始めたスペイン語。まだまだ「教養ある」とはいえない自分の英語とフランス語なのに無謀だといわれることを承知の上で。

 スペイン語の勉強(本当にスペイン語「を」勉強している段階)を初めて数年。検定の3級1次にとりあえず合格した。実はまだ実感が湧いてこない。というのも、3級は「新聞、雑誌が読めて一般ガイドに不自由しない」レベルだからである。自分の感覚では、読むことに関してさえまだそこまで達していない。話すことに至っては…。

 さて、合格したからにはスペイン語を話すことにも挑戦しなければいけない。典型的な会話パターンの暗記か、それとも主張ー理由ー具体例の展開という物事を伝える「王道」を選ぶか。2択ではなく両者を生かした対策をしたい。ただし、会話パターンは暗記せず耳ならしのために聞き、できればディクテを。その過程で単語や重要表現を覚える。話すこと、つまりものを伝えることは主張ー理由ー具体例の行き来が基本なので、面接官の質問や時間に応じて言及できるところまで。これでダメなら秋に“再戦”すればいい。

 英仏語と並び国際バカロレア公式教授言語となっているスペイン語。そしてビジネスでは英語に次ぐ第2言語ともいわれ、日本でも南米からの移民が多く使う機会は多そうである。英仏語とともにいずれは実用レベルまで持っていき、外国人とのビジネスや社会生活を含むやりとりでお役に立てれば…。
 「正確なフランス語の知識を見るのが仏検」。とすれば、合格できないのはフランス語の運用が正確ではない、ということである。

 今年も仏検1級不合格だった。

 「実用」と名乗ってはいるが、この試験は単にフランス語が流暢に使えるだけでは不十分で、教養ある言葉を正確に使えることが求められている。確かに、思い当たる節がある。名詞化、共通語を入れる問題、前置詞では、単に暗記した(私はそれさえも不十分かもしれないが…)知識ではなく、文脈に応じて適切に使えなければならない。私はこの分野が弱点である。仏訳は日本語をうまく言い換えて訳して良いとしても、求められるフランス語は子供レベルではなく、スラングを避けた上である程度品格のあるものが要求されるのだろう。果たして、自分はそれなりに教養あるフランス語を使えていたのか? 

 ある意味、仏検1級は「現地で正規の教育を修了した社会人レベル」なのかもしれない。

 DELF B2や通訳案内士には合格した。だが、それらは教養あるフランス語の一部を占めるに過ぎない。事実、DELF B2は欧州なら仏語を母国語としない高校生のレベルで、通訳案内士に至っては日本という特定の国の文化や時事問題を扱う仏語である。つまり、仏検1級が包含するものの特定の部分でしかないということである。

 合格に足りなかったのは2点。「わずか」と考えるか「まだ大きい」と考えるか。その2点を乗り越えて次回合格できるとすれば、つまり教育を受けた教養あるフランス語を使えるようになるには、どれだけの読書量が必要となろうか。10冊や20冊くらいは必要なのかもしれない。試験対策だけでは乗り越えられない「見えない大きな壁」が待ち受けている。
 政策の擦り合わせもろくに行わず、方向性が違う政党が手を結んだところで「烏合の衆」に過ぎない。

 7月10日に行われた第24回参院選。当初は民進、共産、社民、生活の4党が「打倒安倍政権」の号令のもと、1人区で候補者を1本化したことから連立与党の自公が苦しむのではという見立てもあった。だが、フタを開けてみれば自公の圧勝。それも改選議席の過半数61どころかおおさか維新や無所属の一部候補を加え、非改選議席を含め改憲勢力が3分の2となる地滑り的勝利だった。

 要因の1つは、公示後のテレビ討論で共産の藤野保史衆院議員が自衛隊にかかる防衛予算を「人殺しの予算」と言及したことにある。さすがに党本部も看過ならないと見て、藤野議員に対し党の役職を解任したものの、自衛隊解消と日米安保条約の破棄を党是とする共産党の本質があらためて浮かび上がってきた。昨今の日本を取り巻く国際情勢を考えれば、こうした考えは国益を顧みない危険な考えである。安保条約を破棄すれば自前で防衛を担わなければならないのに、防衛を担う自衛隊さえも否定するとは、共産は有事の際にどうするつもりなのか。藤野議員の発言が響いて共産は無党派層の有権者を取り込めなかった模様だ。共産と同調する政党も「同じ穴の狢」とみなされ、票は流れなかったのだろう。某新聞によると、サンプル調査で特に支持政党のない人たちの投票先は自民、民進がそれぞれ19%、共産13%、おおさか維新11%などとなっている。

 ほかにも、自公の組織が強かったとか、自公政権で経済成長(再生)に期待したなどの要因はある。東北の1人区や沖縄などでは野党共闘が実ったが、その他の地域では自公がつけ入るすきを与えず1人区は自公21議席に対し野党側は11。比例では社民や生活が惨敗し、社民は吉田党首が落選する憂き目をみた。また、投票所の出口調査などによると、有権者の一番の関心は、経済政策や景気対策であったため、野党側が思ったほど票数を伸ばせなかったという見方もある。旧民主(現民進)中心の連立政権時代に経済政策が不振に終わったことや、税収が足りなければ国債を発行すればいいという安易な発想、さらには共産の「大企業や富裕層からとればいい」という判で押したような主張では、有権者は「頑張っても報われないのでは」と経済政策に不安を感じたのであろう。なお、私見だが、企業税制に関しては大企業の課税を若干強化して中小企業の税率を少し緩めるのは一考の余地がある。中小企業庁のデータによると、国内の企業のうち99.7%は中小だという。こうした「町の企業」が意欲を持てる環境をつくることで経済活動は活発になるからだ。

 野党側は、有権者の傾向を見誤ったばかりか杓子定規な、というより偏見に凝り固まった考え方に影響され結果的に自衛隊を「人殺し」呼ばわりしてしまった結果、有権者にそっぽを向かれ自公の勝利を許すことになったーー以上が今回の参院選の顛末である。2年半以内に行われる次期衆院選でも同じ轍を踏めば、野党側は永久に政権につくことはないであろう。与党側にしても、今回は憲法改正を前面に出さず経済対策を重要政策として主張した以上、まずはそこに力をそそぐべきである。