KEIKOは好きだわ♪
バラモン教が広く多神教的に発展した形でヒンドゥー教が生まれ、また派生的に仏教もこの地から発展したのはご存知よね。
業(カルマ)、輪廻(サンサーラ)という死生観・世界観と並んで、男女の合体に明るく生命のスポットを当てているのがKEIKOには嬉しいわ。
考えてみれば生命の起源を信仰するのはとても自然なことよ。
ヨーガもその修業としてタントラ(教典)の中心となったの。これがインド密教として深化し、チベット密教や仏教密教の流れに繋がるのね。だから初期の密教はとても性的なものだったし、リビドーがエネルギーの源と理解されていたのよ。
チャクラの起源も同根よ。だからチャクラの考えの基本はとっても性的エネルギーに満ちていたの。
第一のチャクラが会陰部(肛門と性器の間)にあり、全ての出発点になるわけね。そこから第二のチャクラ「陰部」(どうして陽部って呼ばなかったのかしら?)、第三のチャクラ「臍」、第四のチャクラ「胸」、第五のチャクラ「喉」を経て、第六のチャクラ「眉間」に上り、第七の超越のチャクラ「頭頂」(千手千眼)へ登りつめるの。
チャクラは外界と体内の出入口とも言われ、気の流れの重要なパワースポットになっているようね。
坐禅のポーズは、セックスの座位と重なるのは偶然ではないわよ。インドの寺院にこのスタイルの性交図が所狭しと飾られているわ。実はチャクラの気の流れを最も強く感じられるのが、この愛の合体図よ。チャクラを意識してお互いに愛し合うと合体した気の流れが電流のように感じられるわよ。
シヴァ神の合体像があっけらかんとインド中に点在し、乳(精液)をかける儀式が女性や子どもたちまで参加するのに、公衆の面前でのキスや抱擁、ミニスカートがご法度というアンバランスは笑うしかない矛盾ね。お臍を見せても足を見せない習慣はいつ頃からなのかしら。カーマスートラの教典に出てくるラーゲでは女性は露わなのに。しかも大衆が往来しているそばでイタシてたりする図よ。昔の神殿巫女だって衆目の前で合体儀式をしてたくらいだから、特別珍しくないわ。
カーマ・スートラという性の教典も、決してアダルト本ではなく、当時の最高位の教養書だったのよ。カーマ(性愛)、ダルマ(聖法)、アルタ(実利)が古代インドでは人生の三大目的とされ、教養として必須科目だったわけね。
特に愛の交歓として重要視されたものが、お互いを見つめ合い抱き合って合体する体位で、それが密教の修業にも用いられた合体坐禅と重なるの。チャクラの原点もこの辺から来るらしいから面白いでしょ♪
チャネリングもインドを起源とするものはヨーガと繋がりながら、艶かしく発展したのよ。
ふふ、KEIKOが語ると全てのヒーリングやセラピーもリビドーに繋がってしまうわ。
KEIKOはスキンシップが全ての人類慈愛の基本だと信じているから、この説が一番しっくりいくのよ。(笑)
きゃ~、ちょっと書きすぎたかしら。久しぶりに検閲削除なんて言わないでね。KEIKOのイ・ザミンの素敵な笑顔に免じて・・・・



