私は、昨年の11月からこのアメブロで、久々にブログを書き始めた。その頃に書いたのがこれだった。(わかりにくいところを少し修正しました)

 

初期の苦しみ・・・・これって何の病気??

12年前、母が亡くなってからすぐに初期の症状は始まったのだが、非常にわかりにくかった。

 

一番おかしいと感じたのは、勤め先の展示会に来てくれた前の会社の上司が、仕事終わりに連れていってくれたバーで起った。ファッション業界なので、お店もコジャレている。カウンターの席は、ひと続きの幅の狭い椅子だった。

 

座って居られなかった。。。。前後に身体が揺れて、どっちかに落ちてしまいそうなんだ。実際には身体の揺れは自分の中だけで起きていて、相手にはわからないようだったが。。。

 

もう、そうなると気もそぞろで、早く帰りたい。右に先輩、左に上司という配置だったので、両サイドに気を遣って話すものだから、たまったもんじゃない。右から左に方向を変えるとき、何度も後ろにひっくり返りそうになった。

早々にお開きとさせてもらった。

 

・・・・・・何の病気なの??

 

その後も、1週間ほど前から起こっていた早朝の右手の震えは起き上がるまで続き、筆圧も下り、字が書けなくなっていく。書こうとするスピードに手が追いついてくれない様なもどかしさで、何故か字はどんどん小さくなって行った。

・・・・・・何の病気?

 

そのうち、もっと不思議なことが起きた。真っ直ぐに歩いて、方向を変えようとすると、身体にロックがかかったように動かなくなるのだ。それは一瞬で、二度目には普通に曲がれるのだが、何とも気持ちが悪い。

 

・・・・・・いったい、何の病気なの?

 

という内容だった。これは当時12年前を思い出して書いたものだったのだが、文字にして残しておいて良かったと思う。

 

PDの症状は千差万別と言われているが、私の症状はこんな感じだった。

 

それから4年後に病名が確定するまで、ありとあらゆる病院や治療院を転々とした。常勤の仕事をしながらだったので、精神的には疲れ果てて行った。そんな中、インポート生地を買い付けに行くミラノ出張が組まれた。

 

これは、キツかった。

 

まず、飛行機だ。以前に比べてその居心地の悪さたるや、もう一刻も早く目的地に着いてほしい。そんな気持ちは初めてだった。

 

到着後仕事は何とかなったが、その頃おつきあいのあった現地商社の社長夫人のお宅に一泊させてもらったのだが、その豪邸の大理石の床で思いもかけず、身体のバランスを崩して転倒し、顎を打ってしまった。

 

出張も最終日だったので、あとは帰るだけ、また飛行機に乗りさえすれば日本に着く。もう、そう信じて顎の痛みは氷で冷やしながら、なんとか帰ってきた。

 

そして、もうそれ以来海外出張のある会社は、無理!ということに気づいて、退職した。その後は、婦人服メーカーやステーショナリーグッズの会社の企画アドバイザーの仕事を週3回ほどやっていたが、週2、週1と少なくしていってそれも昨年の3月で辞めた。

 

もし、PDでなかったら、私は一体何歳まで仕事をしただろう?

 

と、考えたところで仕方ないな。。。とも思う。

 

 

今朝ローリングさんのブログから素晴らしい言葉を見つけた。

 

 

過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。

ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。

-仏陀の言葉より-

 

目の覚めるような言葉!

 

その通りだと思った。この言葉のように、今を大切にしなければならない。強く生きよう!それが明日を作るのだから。。。

 

 

 

 

・今日は大真面目に今を語ってしまった。PDと確定するまでは、本当に精神的にきつかった。そして、確定後もオンとオフの差をどう埋めようかともがいている。そんな現状をお伝えしたかったのです。