惰性で何となくしか生きていけないんだろうなぁ
って思うと悲しくなる。
自身の考えや心がけ次第ってことは分かるけど
死んでも「本気で何かをする」ってことが
出来ない気がしてきて、諦めが先に来てしまう
何もやってきたこと、誇れるものがないってのは
自信を喪失させるのかも
この41年間って一体何だったんだろうな・・・
惰性で何となくしか生きていけないんだろうなぁ
って思うと悲しくなる。
自身の考えや心がけ次第ってことは分かるけど
死んでも「本気で何かをする」ってことが
出来ない気がしてきて、諦めが先に来てしまう
何もやってきたこと、誇れるものがないってのは
自信を喪失させるのかも
この41年間って一体何だったんだろうな・・・
今まで「嫉妬」と思っていたけど意味を調べたら
「羨ましい」という言葉のほうが自分の気持ちには合っていた。
恨み憎んだりしてないから。 今まで勘違いしていた。
羨ましいと思うことは多々あるけど嫉妬はないなぁ。
日中も 寝る前も 夢の中でも
朝起きた瞬間から ずっと求めてる
想いを断ち切ることが困難なくらい求めてる
長い時間をかけて 日に日に想いが少しずつ少しずつ強くなっていて
蓄積された感情に流されないようにするのは難しいな
彼女の幸せを本当に願うなら
叶わぬ想いをギュッと押し込めなくちゃ、消さなくちゃ、諦めなくちゃ
今から29年前、短期児童養護施設に入園していたとき
相手が中1、自分が小学6年生で初めて両思いになった
その時の多幸感は今でも覚えている
恋愛を引きずっているわけでも何でもないけど
悲観的でも何でもなく、あのとても幸せで楽しくて
ずっと一緒にいたいという感覚はもう二度と無いだろうなぁ
今でも人を好きになるけど
好きな人に嫌われているんじゃないかと1mmでも考え出すと
どんどんその気持ちが増大してしまう
そうなると関係を絶とうとしてしまうことが多々ある
そういう自分が面倒になってしまい壊したくなり
人間関係をリセットしたくなる
100%好いてくれる人なんていないのに無理な注文しすぎ
どんなに好きな相手でも100%の「好き」なんて無いのに
我ながらワガママだなぁって呆れる
そういうところが病的でおかしいんだろう
今は逆に考えて
1だけでも好いてくれていたり
気にかけてくれていたり
そういうちょっとしたことを大事にしたい
けど、そこで勘違いはしないようにしないと
ブレーキだけはかけないと
最後に、
人に好かれる感覚を
>>「愛されてる・大切にされてることを強烈に感じた時」は、涙が流れることもありました。
>>それからものすごく優しい気持ちになります。
と表現している方がいらっしゃった
そういう感覚は一度も経験ないから
とても羨ましいなぁって思ったし、それを経験したら
「自分が生きていても良いんだな」って
初めて肯定できる気がする
自身の存在を否定だけして生きているから
いつも誰かに「少しでも存在意義を肯定されたい」と強烈な思いがどこかにある