今日は病院から帰ってきていつも通り眠くて夕方に寝てた
夢の中で亡くなったはずの祖母が生きていて
実際は頭が自分よりもハッキリしていたのに
夢の中では見たこともないようにボケてしまっていて
自分は悲しくて悲しくて激しく泣いた
そして起きたら涙で枕が濡れていた
そして思い出したのが母親の命日だったってこと
1994年4月20日に母親の居眠り運転で反対車線のクレーン車と正面衝突
病院に運ばれて祖母と叔母が病院に向かっていたけど
自分と親父と弟と叔父は「危ない状態だから来てくれ」との連絡で
病院へ向かったが到着5分前に亡くなった
母親は優しいが時々ヒステリックな感じがあった
今で言う鬱病みたいな感じでいつも深く悩んでるタイプ
優しさを感じていたけど登校拒否をしていた自分が
疎ましい感じというか疎外感を感じることが少しだけあった
それにくわえ自分の右目が弱視で外斜視だったのを
それを自身のせいだと苦にしていて感じもあった
でも唯一の母親だし自分は愛していた
18歳だっただけに素直に言えなかったけど
「いつもありがとう」って生前に言えなかったことが心底後悔
夢の中で亡くなったはずの祖母が生きていて
実際は頭が自分よりもハッキリしていたのに
夢の中では見たこともないようにボケてしまっていて
自分は悲しくて悲しくて激しく泣いた
そして起きたら涙で枕が濡れていた
そして思い出したのが母親の命日だったってこと
1994年4月20日に母親の居眠り運転で反対車線のクレーン車と正面衝突
病院に運ばれて祖母と叔母が病院に向かっていたけど
自分と親父と弟と叔父は「危ない状態だから来てくれ」との連絡で
病院へ向かったが到着5分前に亡くなった
母親は優しいが時々ヒステリックな感じがあった
今で言う鬱病みたいな感じでいつも深く悩んでるタイプ
優しさを感じていたけど登校拒否をしていた自分が
疎ましい感じというか疎外感を感じることが少しだけあった
それにくわえ自分の右目が弱視で外斜視だったのを
それを自身のせいだと苦にしていて感じもあった
でも唯一の母親だし自分は愛していた
18歳だっただけに素直に言えなかったけど
「いつもありがとう」って生前に言えなかったことが心底後悔