関東平野の最西部の山間の中に、小さな盆地の秩父がある。霊峰武甲・両神山といえば平野のどの位置からも遠望することができ、はるか昔から秩父を象徴する霊山である。もともと厳しい自然条件の為、修験者達の恰好の道場となり、秩父札所や秩父三社に代表されるように信仰の地として現在も多くの方が訪れているのである。

また、四方を山で囲まれた盆地という自然条件の中で他の地域との往来はすべてが峠路によってなされていたのである。古くは縄文時代から八ヶ岳で採れた黒曜石を長野県の川上村を経由して秩父に運ばれ、その後関東全域に広まったといわれる十文字峠などが有名である。このように長い年月をかけもたらされてきた秩父の文化は、山間の小さな村々の中に染み付き、きわめて古風で多様、多彩な秩父文化圏としての特色を放っているのである。

 秩父の山村では、集落単位を耕地と呼び、その耕地ごとに祭や行事が展開されるといってもよい。年間を通して300以上の祭や行事がひしめいていることになる。

秩父夜祭をはじめ、小鹿野の春祭り、長瀞の船玉祭など四季の祭が数多く、ほぼ毎日どこかで年中行事が行われているようである。その中でもちょっと異色でたいへん興味深い年中行事を紹介したい。

 秩父では昔から物日(ものび)といえば竹筒を使ったカタンボ(竹棒)龍勢などを、子供達が作って楽しんでいた時代が長かったようである。硝煙の臭いをかがせると疫病が村に入って来ないなどと信じられていたからなのだ。

吉田町椋神社の龍勢は、10月の第二日曜日に毎年行われる、農民の手造りによる「農民ロケット」の異名を持つ、数多い秩父の年中行事の中でも地元に愛される珍しい祭なのである。

 龍勢とは、昇天する龍にその姿が似ていることから名付けられたようだ。長さ12〜15mの青竹の根元に、口径10cm長さ50cmくらいの松の木をくりぬいた火薬筒を結びつけ、高い櫓にかけ導火線で火をつけると、地上300mの秋空に噴煙をあげ、すごい勢いであっという間に上昇する姿は、何度見ても息を呑むほどに興奮するのである。28の流派があり、毎年三十数本の龍勢がが打ち上げられる。発煙筒やパラシュート状の物体を内包したりして、各流派が腕前を競うのである。火薬は、硝石、硫黄、木炭を混ぜて作る黒色火薬で、その調合は各耕地の流派で秘伝とされていて、棟梁と呼ばれる師匠を中心に一ヶ月かけて作り上げるのである。火薬は一本の龍勢に約5キロ使用し、湿り気を酒やお茶で調整することも秘伝であり、各流派により様々な技法があるようである。

由来はいくつかの説があり、鎌倉時代の元寇で蒙古側が武器の一つに使用し、その後、戦国時代に狼煙や火器として使用され、各地に伝わったのが起源としての説は有力のようである。

山の神である天狗様を山に送るとも、火防(ひぶ)せの祭りともいわれ、地元ではこの日を「当たり日」といい、山仕事を休み、お祝いをする風習が残っている。

最近ではアニメの聖地として秩父を訪れる方も多く、『あの日みた花の名前を僕達はまだは知らない』というアニメでこの龍勢を取り上げていて、一躍有名な秋の行事になったことも触れずにはいられないのである。