2011.03.18 金
晴れ、膨らむ月あかりで包まれる街。
本日は、女史の替わりで八丁堀出勤ディ。
もうひとりの新米Mさんとも、初めて一緒に働くことができた。
Mさんのことは、マスターからなんとなく話は聞いていて、こちらもなんとなく波長が合うんじゃないかと思っていたら、まさにその通りであった。
ほぼ初対面なのに、なんか昔から知っているような感じ?そういうのってときどきあるよね。
ふたりで「今日は新人パワーで頑張ろう!」って意気込んでいたのだけど、昨日の無計画停電のあれこれで、今日は自宅待機の人が多いらしく、街には人が少なかった。
だからこそじゃないけど、お客さんとコーヒー飲みながらじっくり話をすることができた。
こちらからはコーヒーの美味しい淹れ方をレクチャーしたりとか、お客さんからは八丁堀の街の店のことや、街の歴史とか、、逢引きのやりとりの様子とか、笑。
なぜかオフィス街の喫茶店って、あやしい男女の逢引場所になるんだよね。
ふふふ
八丁堀のお店で働いてきたなかで(まだ日は浅いけど)、今日がいちばんのびのびといられることができた。
そして、ずっとここんとこ女史に対してめらめらめらめらしていて、息がうまくできないくらい、カチコチになっていて、いつもそんな自分が嫌だった。
でもあるとき、ひとりのお客さんが帰り際に、「あなたの淹れてくれたコーヒーおいしかったわ。」と言ってくれて、すごく救われた。
めらめらしてばかりじゃダメだ!
私がめらめらしていることは、自分の我慢が足らなくて間違ってんのかなぁ?と思っていたのだけど、今日その辺の話をMさんにしてみたら、Mさんもまったく私も同じことを思っています、抱えこまないでくださいね、と励ましてくれた。
心が軽くなった。
そう、女史に対してのめらめらについて、もう一度Mさんと一緒に考えてみた。
女史は経験も長いし、お店やお客さんへの愛情も溢れている。女史から新人たちにこう働いてほしいという行動のひとつひとつは、すべて正しいと思う。サービスの本質というところも間違っていない。
だけど、なぜこんなに息苦しいのか?
もう少し想像して考えてみた。
過保護なお母さんってこんな感じなのかなーと。
経験浅いと、わからないことってたくさんあるから、間違うことが多い。
失敗するから気づく。
でも間違いだと思っていることが、本当に間違いなのかどうかは、決められることではない。
これが正解というものがないように。
特に人とのやりとりのなかでは。
しかし想像するに女史の場合は、なるべく失敗しないのがあなたのためでもあるし、お客さんのためでもあるし、お店のためでもあるのよ、だから最大の気配りをして、わからないなら私の言う通りに動いて。
それを実現するために、女史にずっと監視されていて、ちょっとでも違うようなら言葉の折檻。
こりゃ息できないよ、反抗期になるよ!
おい!かーちゃん。
人は失敗するから育つのに。。
少し女史の気持ちを汲むなら、見守るの過剰バージョンなんでしょうね。
うちの子が失敗する前に修正するのよ、あたしがなんでもやるのよってね。
でも、これだとほんとに人材が育たないので、ちょっと反抗期になってみようかとわたくし。
失敗するかもしれないけど、せっかくいいお店でいいコーヒーを扱っているので、もっとお客さんともコーヒーを通して交流を深めたい。実際コーヒーに興味を持って来店する方も多いので。
今までどおりじゃなくて、もっとできるはず。
たぶん、また確実に、めらめら、ぐらぐらすると思うけど、お客さんから仲間から勇気をもらったので、一歩ずつやってみよう。
言葉で攻めてくるやつには、からだで体現していくのだ。
晴れ、膨らむ月あかりで包まれる街。
本日は、女史の替わりで八丁堀出勤ディ。
もうひとりの新米Mさんとも、初めて一緒に働くことができた。
Mさんのことは、マスターからなんとなく話は聞いていて、こちらもなんとなく波長が合うんじゃないかと思っていたら、まさにその通りであった。
ほぼ初対面なのに、なんか昔から知っているような感じ?そういうのってときどきあるよね。
ふたりで「今日は新人パワーで頑張ろう!」って意気込んでいたのだけど、昨日の無計画停電のあれこれで、今日は自宅待機の人が多いらしく、街には人が少なかった。
だからこそじゃないけど、お客さんとコーヒー飲みながらじっくり話をすることができた。
こちらからはコーヒーの美味しい淹れ方をレクチャーしたりとか、お客さんからは八丁堀の街の店のことや、街の歴史とか、、逢引きのやりとりの様子とか、笑。
なぜかオフィス街の喫茶店って、あやしい男女の逢引場所になるんだよね。
ふふふ
八丁堀のお店で働いてきたなかで(まだ日は浅いけど)、今日がいちばんのびのびといられることができた。
そして、ずっとここんとこ女史に対してめらめらめらめらしていて、息がうまくできないくらい、カチコチになっていて、いつもそんな自分が嫌だった。
でもあるとき、ひとりのお客さんが帰り際に、「あなたの淹れてくれたコーヒーおいしかったわ。」と言ってくれて、すごく救われた。
めらめらしてばかりじゃダメだ!
私がめらめらしていることは、自分の我慢が足らなくて間違ってんのかなぁ?と思っていたのだけど、今日その辺の話をMさんにしてみたら、Mさんもまったく私も同じことを思っています、抱えこまないでくださいね、と励ましてくれた。
心が軽くなった。
そう、女史に対してのめらめらについて、もう一度Mさんと一緒に考えてみた。
女史は経験も長いし、お店やお客さんへの愛情も溢れている。女史から新人たちにこう働いてほしいという行動のひとつひとつは、すべて正しいと思う。サービスの本質というところも間違っていない。
だけど、なぜこんなに息苦しいのか?
もう少し想像して考えてみた。
過保護なお母さんってこんな感じなのかなーと。
経験浅いと、わからないことってたくさんあるから、間違うことが多い。
失敗するから気づく。
でも間違いだと思っていることが、本当に間違いなのかどうかは、決められることではない。
これが正解というものがないように。
特に人とのやりとりのなかでは。
しかし想像するに女史の場合は、なるべく失敗しないのがあなたのためでもあるし、お客さんのためでもあるし、お店のためでもあるのよ、だから最大の気配りをして、わからないなら私の言う通りに動いて。
それを実現するために、女史にずっと監視されていて、ちょっとでも違うようなら言葉の折檻。
こりゃ息できないよ、反抗期になるよ!
おい!かーちゃん。
人は失敗するから育つのに。。
少し女史の気持ちを汲むなら、見守るの過剰バージョンなんでしょうね。
うちの子が失敗する前に修正するのよ、あたしがなんでもやるのよってね。
でも、これだとほんとに人材が育たないので、ちょっと反抗期になってみようかとわたくし。
失敗するかもしれないけど、せっかくいいお店でいいコーヒーを扱っているので、もっとお客さんともコーヒーを通して交流を深めたい。実際コーヒーに興味を持って来店する方も多いので。
今までどおりじゃなくて、もっとできるはず。
たぶん、また確実に、めらめら、ぐらぐらすると思うけど、お客さんから仲間から勇気をもらったので、一歩ずつやってみよう。
言葉で攻めてくるやつには、からだで体現していくのだ。
