【書評】モリのアサガオ 郷田マモラ
モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 全8巻 完結セット (ACTION COMICS)
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at 12.08.05
郷田 マモラ
双葉社
双葉社
日本国憲法では、第25条1項において「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定めている。犯罪行為によって被害者を死においやってしまった場合、個人の権利を侵害したことを理由として、刑罰が処せられることについて疑問を持つ人はほとんどいないだろう。だけど、そうした刑事罰をどこまで行使すべきかということについては、多くの意見が存在するし、ぼくらが社会で生活するうえで永遠のテーマである。
本書は死刑制度という極めてセンシティブなテーマについて、慎重に、そしてフラットな目線で感情豊かに描かれている。死刑を執行する側である新人刑務官及川直樹を主人公として、彼が接した死刑囚の感情の変化、及川自身の苦悩、そして他の刑務官の心情を深い調査のもとで丁寧に描写されている。決して死刑制度に対する賛否を結論づけることを強制するわけではなく、読者に思考を委ねる方針を取っている。
そもそも死刑の存在意義とは、犯罪予防効果であると考えられる。凶悪犯罪を犯した人を処罰することによって、世間一般に、また受刑者本人に対して、犯罪を犯す行為がわりに合わないということを知らしめることによって犯罪を未然に防ぐことを根拠としている。ただ効果がどれほどあるのか、ということを数値化するのは非常に難しい。なぜなら、どれほどの人が凶悪犯罪を試みようと考え、死刑制度を恐れて犯罪行為を中止したかは到底知りえないし、仮に死刑制度が存在しなくなり、本来死刑を執行される人が、死刑を回避したことによって、どれほど再び同様の犯罪を犯すかどうかは分からないからだ。
では死刑制度を存続させる危険性とは何だろう。これは当然冤罪リスクである。ぼくはこれまで死刑判決を受けるということは、よほどの証拠があるのだろうし、仮に冤罪だとしても、犯罪に近い位置にいた人ではないかと浅はかながら考えていた。本書を読むことによって、証拠が捏造され、死刑が執行される可能性があることを知り、驚愕すると同時に、国家の罪の重さついて真摯に考えるようになった。
何らかの刑罰が犯罪予防に役立つのであれば、刑罰は正当であるということになるだろう。ただ犯罪の重さに比べてどの程度重い刑罰までが許されるのかということは永遠に結論がでることはないだろう。さらに冤罪リスクを国家機関が常に抱えていることを見過ごしてはならない。ただそうはいっても、権利侵害の被害者の権利を最優先させるべきであり、加害者の更生や教育というものは刑罰あっての処置であろうし、そこにばかり焦点をあてて死刑制度を考えるのはあまりにナイーブである。
死刑制度を採用する国や地域が減少しているのは紛れもない事実であるし、あらゆる基準やシステムがグローバル基準に移行している昨今の現状を俯瞰的に見れば、死刑制度は廃止すべきなのかもしれない。また利得(犯罪抑止)と費用(冤罪リスク)という側面で考えた時に、どちらに天秤がふれるかどうかということも重要な指標になりえるだろう。
ただ凶悪犯罪がなくならない限り、死刑を巡る議論に終わりはないのだろうし、一人一人の思考が森の中をさまよい続けることに変わりはないのだろう。
