状況説明・報告のプロセスに隠された人材の評価 | リベラル日誌

状況説明・報告のプロセスに隠された人材の評価

東日本大震災による福島第一原子力発電所事故が発生したとき、当時の現場責任者であった吉田昌郎前所長が、本社の停止命令に背いて注水を続けたことに加え、その報告を怠って政府や国会を混乱させたとして物議を醸したのは記憶に新しい。吉田が会社の判断を無視したことは確かだけど、会社の注水停止判断は、技術者なら誰でも認めるような明らかな間違いだったのだ。


だけど一方で、社員がみな、自分の判断が正しいと思って勝手な判断を始めたら、組織は成立たない。吉田の判断や報告もれに関しては、国家存続の危機といっても過言ではないほどの重大なものだったから、是非を評価するのは難しいけれど、例えば企業のプロジェクトに参加して、A案がいいか、B案がいいかといった決断をしなければならない局面に立たされることは、社会人なら誰でも経験することだろう。上司に状況報告をいち早く行い、適切な指示を仰ぐことが求められ、自分の考えや結論までのプロセスを的確に説明・報告することが重要になってくるに違いない。




世の中には4つのタイプの人が存在する。それは、①頭で考えたことを明確に言葉に置き換えることができる人、②頭では思考されているけれど、言葉に落とすことが下手な人、③論理的な整理ができていなくても言葉にすることができる人、④論理的に思考すること・言葉にすること共に苦手な人、の4つである。


この場合、②番に該当する人が一番仕事で損をするのは容易に想像できるだろう。もうずいぶん前のことだけど、ぼくのチームに不思議な青年がいた。彼は思考と同時に手が動くタイプの人間で、数字の意味していることを即座に理解したり、マーケットで起きていることをグラフィカルに描くことに関しては天才的な技能を持っていて、周囲を驚かせた。でも一方で、「なぜAという決断をしたのか?」、「どういうプロセスを経てBという現象が起きていると思うか?」という問いかけに関しては、支離滅裂で、正直彼の言っていることを理解できる者は誰もいなかった。


それでも結果が数字に表れている時は、特段問題にしなかったわけだけど、結果が目に見えて落ちることがあったから、彼に理由を説明することを求めた。だけどその時も彼の説明を理解することはできなかった。彼は小さい頃から受験エリート街道のド真ん中をひた走ってきた男で、抜群のセンスと才能を感じていたけれど、ぼくは思考能力に問題があるのだと考えて、低い評価を与えそうになっていた。


だけど最後に1度だけチャンスを与える意味で、毎日行なうミーティングで、1日のマーケット変化やそれに対する意見をチーム全員の前で説明することを求めた。さらにメールで文章にさせて送らせるようにしたのだ。しばらくすると、持ち前の才能を発揮してメキメキと力をつけて、ついには成功したとき、失敗したときのプロセスを論理的に説明できるようになっただけでなく、自分自身の整理にもなったようで、個人成績も向上したのだ。あの時チャンスを与えなければ、彼のキャリアを潰したことになっただろうし、業界にとっても貴重なプレイヤーを放出したことになり、多大な損失を被るところであった。



数字という評価軸がない業務においては、さらに慎重に判断しなければ、貴重な人的資本を失うことになるだろう。しかもこうした人材は男性社員に多く見られる傾向がある。


よく女性の脳は言語能力が発達していると言われている。レナード・サックス著『男の子の脳、女の子の脳 』によると、男性と女性の脳組織には解剖学的な性差が存在するのだそうだ。男性がおもに左脳だけで言葉を操るのに対し、女性は左脳と右脳の両方を使って言葉を操っている。男性の脳と女性の脳で構造上もっとも大きく違っている点は、「脳梁」という左右の脳をつなぐ連絡橋の太さである。女性の脳はこの連絡橋が男性よりも太くできているために左右の脳の連絡がよく、言語情報をはじめとした、より多くの情報を次から次へと流せるようになっている。つまり、脳が次から次へと言葉を発することができるようになっているのだ。



マネージャーは人の特性を正確に把握する必要がある。仕事の評価基準が数字である場合、それほど頭を悩ませる必要はないけれど、単純な言語能力の問題であれば、改善することは可能だからである。



生き残るマネージャーには2種類のタイプがある。それは、①プレイヤーに徹して、チーム全体を考えるよりも個人で結果を出し続け、関係する人に巧みにアピールするタイプ、②ある程度個人の結果を犠牲にしながらも、チーム全体の業績を維持したり、引き上げていくタイプ、の2つである。


好況期は、一定レベルの能力や経験があれば、誰でも結果を残すことは可能だ。さらに人材需要は全般的に伸びることになるから、多くのプレイヤーがゲームに参加することになるので、人より一歩抜けだすことを戦略に考えなければならない。一方不況期は、どんなに個人スキルが高くても機会が減少したり、収益が圧迫する可能性が高いので、当然結果も残しにくくなる。さらに人材需要も低迷していくなかで、限られたプレイヤーの中でイス取りゲームに参加することになるから、善し悪しは別として、人を落として生き残るといった戦略に切り替えないとならない。



①のマネージャーは、好況期において生存率が高くなる傾向がある。それは市場環境が影響して純粋な競争下にあるわけだから、人よりも少しでも利益獲得に貢献することが求められるし、何より優劣がつきやすい。言うなれば正の競争である。②は不況期において、生存率が高くなる傾向がある。これは誰しも結果が低迷する中で、個人の成績だけでは業績を補えなくなっている結果であり、全体で利益をあげていかないと部署または会社全体で目標達成できないからであろう。そのため、マネージャーには個人の成績よりも、チーム環境を整備することで、小さな利益のパイを確実に獲得していくタイプの人材が求められるのかもしれない。



グローバル競争の激化により、企業は優秀な人材を確保することが難しくなってきている。業界特有の商品知識を兼ね備えていたり、有力な販売網を持っていたりする人材は、どこの企業も必要としている。不況にも関わらず、専門スキルを持つ人材の給与額は上昇傾向にある。メジャーリーグで活躍するダルビッシュは、厳しい経済環境の中でも抜群の人気を誇り、同じように日本球界のスターであった松坂大輔よりも高額で引き抜かれた。こうしたことが一般企業でも起きている。


競争にも色々な方法が存在する。それは経済環境によって、企業文化によって、はたまた職種によっても異なるだろう。だけど、組織には様々な思考をもった「個」が存在することは共通している。だからこそ、周りの「個」や環境によって強制的に左右されたり、自ら変化していかないときがあるだろう。これには的確な目標を設定して、自分にとって無理のない、そして最大の「個」の在り方を模索していかないといけないのと同時に、「集団内での個」を十分に評価してもらうために報告や説明といった能力を高める必要があるし、逆に適切に評価しなければならない。






参考文献

男の子の脳、女の子の脳―こんなにちがう見え方、聞こえ方、学び方
セイヴィング キャピタリズム

競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書)