日本の失業率の裏に隠された真実 | リベラル日誌

日本の失業率の裏に隠された真実

大きな海で仲良く暮らしていたスイミーと兄弟達は、ある日大きなマグロに襲われ、泳ぎが得意だったスイミーは命からがら逃げ通せたものの、兄弟たちはマグロに食べられてしまう。兄弟を失ったスイミーは悲しみをどこかに押し込めて、大きな海を放浪しながら様々な生き物たちと出会い成長していく。そんな時、岩の陰に隠れてマグロに怯えながら暮らす兄弟そっくりの小さな赤い魚たちを見つける。スイミーは一緒に泳ごうと誘うけれど、「マグロが怖いから」と怯えていて小魚たちは出てこない。そこでスイミーはマグロに食べられることを恐れず、自由に海を泳げるように、みんなで集まって大きな魚のふりをして泳ぐことを提案する。スイミーは自分だけが黒い魚なので、自分がその大きな魚の目になることを決める。ある日マグロが現れ近づいてきたけれど、マグロはあたかもそこに自分より巨大な魚がいるように錯覚したのか、あわてて逃げていき、それから小魚たちは岩陰に隠れることなく海を自由に泳げるようになるのだ。



欧州の債務危機問題はスイミーの物語とは異なり、各国は混乱し、足並みは揃うことなく不安に怯えている。モンティ新首相の下で財政再建を目指すイタリアでは、前政権で連立与党を構成していた北部同盟が新政権に協力しない方針であるし、ギリシャでは新民主主義党のサマラス党首が、追加的な緊縮案を求められた場合に協力しない方針を表明している。さらに債務危機の長期化により、欧州全体に景気と財政の不信感が募り、フランスの国債まで売られはじめている。巨大な金融危機であるマグロを追い払うことができずに、欧州の小さな国々は今にも飲み込まれそうだ。スイミーのような勇敢で、皆を一致団結させるような国がこれから名乗りをあげるのかどうかは誰にも分からない。



こうした欧州債務危機問題が長期化し、泥沼化しているため世界経済の波乱要因となりつつある。当然日本も影響を受けていて、資金の逃避先として円が買われ続け、ドル円は76円付近をさまよっている。さらにアジアの景気が減速すれば、日本企業はアジアへの依存度を高めているため企業の収益への影響も大きい。こうしたことを背景として、トヨタ自動車は新車販売台数ランキングで08年から3年連続トップだったけれど、3位に後退する見通しとなっている。もちろんここには東日本大震災やタイ洪水による減産も大きく響いているけれど。トヨタ自動車社長豊田章男は、先日プレスに対し、「今後もこのような水準で円高が継続するならば、生産ラインをアメリカに移すことも視野に入れなくてはならない」と話していた。



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(出所:OECD資料より筆者作成)


これはOECDによる「調整失業率」を示している。各国で公表されている失業率は国によって定義が異なるため、そのままでは国際比較ができない。そこでILOでは独自の指針に基づき失業率を定義して、各国の失業率が比較可能となるように試算している。それがOECDによる「調整失業率」である。この調整失業率を使用することによって、若干のぶれはあるものの、ある程度比較検討することが可能になるのだ。これを見ると、リーマン・ショック以降、いずれの国も失業率は上昇しているものの、日本は5%前後で何とか踏みとどまっている。これは日本の雇用システムが世界と比較して優れていることを意味しているのだろうか。




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(出所:総務省「労働力調査」より筆者作成)


これは雇用者のうち、正規雇用者(いわゆる正社員)と非正規雇用者(パート、アルバイト、派遣社員、契約社員など)の内訳と、非正規雇用者が占める割合を示している。これを見ると、2005年頃から一時的に雇用情勢が回復したけれど、雇用の内容が大きく変わってきていることが読み取れる。97年以降正規雇用者は、ほぼ一貫して減少傾向にあり、非正規雇用者は増加し続けている。95年には非正規雇用者は1000万人程度であったのに対し、2009年では1700万人を超えている。


つまり、日本の雇用情勢が世界と比較して低水準にあるのは、非正規雇用者の増加によってもたらされている側面が大きく、単純に雇用システムが優れているとは言えないのだ。さらに非正規雇用者の賃金は、当然正規社員よりも少ないから、格差を助長することになるだろう。


欧州債務問題を発端として各国企業ではリストラを断行し、失業者が世の中に溢れ、各国の失業率は上昇し続けている。これを見てやっぱり欧米型成果主義システムは失敗だったとか、日本の終身雇用・年功序列型システムは成功だったとか言う人もいるけれど、別に日本のシステムが優れていたわけではなくて、非正規雇用者増加という事情があってこそだったのだ。


企業は年功序列システムを維持する為に、無用なポストを作ったり、正規雇用者を減らしながら、必死にもがいている。会社はもはや社員の生活を保証することができなくなっているのだろう。サラリーマンになることを目指し、社畜として会社に必死に奉公しても、いつ裏切られるかも分からないし、会社そのものが存続できるか不明だ。新橋のガード下で、ビールを片手に焼き鳥をつまみながら、「明日があるさ」と語り合い出世を夢見ていても、安定という楽園はグローバリゼーションの波に飲み込まれ、この世から消えていくことになるかもしれない。確かに終身雇用・年功序列型システムは経済が成長し、拡大し続ける局面では、魅力的で人々に有利に作用する。だけど景気が後退するようになると、年々給料を上昇させることはリストラを断行することなしには不可能なので、企業は見せかけだけでも維持しようと必死になる。



安定を求めて会社に束縛されることを選択しても、自由を失うばかりで見返りがないのであれば、それはシステムとして破綻している。成果主義システムを採用することにより国家や企業を生きるための単なる道具として利用することを、不謹慎で乱暴だと感じる人もいるかもしれないけれど、そうした正義がもはや守られなくなってきているのだ。それに成果主義システムの下で、競争にあけくれ利益追求にひた走ったとしても、ある意味では目標ははっきりしているので、連帯感は生まれ、チームワークも育まれるものだ。何もそこには人を突き落とすばかりの殺伐とした雰囲気ばかりがあるわけではない。


でも自由をもう一度取り戻すために、一歩踏み出すかどうかを決めるのはその人自身で、何より自由とは自らの手でつかみとってこそ効力を発揮するものなのだ。



参考文献

たった1%の賃下げが99%を幸せにする
スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

新潮選書 日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)
年功序列制度から脱出したら日本の未来は意外と明るいかもしれない リベラル日誌