シーズン的には結婚式のピーク真っ只中
最近ブライダルの撮影やらプロフィール映像の
受注やらでバタバタしている
色んな結婚式を見ながら感動したり夫婦とはと
いう事について再認識させられる事が非常に多い
そんな中この前何気なくYoutubeで立川談志さんと
上岡龍太郎さんの対談の映像があり結婚という物に
ついて話をされていた
「昔は結婚するときに一緒に苦労してくれと言っていたが
今は幸せになろうと言って結婚する」
世相やら時代の流れもあるがなんかすごく的を得てると感じた
口に出すかどうかは別にしてほぼ大半の人間は結婚して幸せに
なろうと努力しようと思っているだろう
それは決して悪いことではないし当然の事だと思う
ただ、幸せになるとか幸せにしてあげるというのはよくよく
考えれば一人称のものである事って結構あると思う
どこまで文章で伝えられるかは解らないが
意識の中で一緒に幸せになろうと思うのと
一緒に苦労していこうというのでは何というか強さが違うように
感じる
本田総一郎氏が経営で行き詰って金策に苦労し従業員の給料が
出せないと悩んでいる時に奥さんが
「じゃあこの家を売ってそのお金でお給金を払いましょう」
といって家を売却して従業員の給料を捻出したという
偉人の美談というものは必ず裏があり本当はもっと
色々あったとは思うが事実関係は真実である
言わずもがな一緒に幸せになろうと思って結婚していれば
この事実はなかっただろう
結婚というものに関わらず人間関係というものは
与えるだけだったり欲するだけだと歪なものになっていくように思う
自分に置き換えてもふと思う事があるが仕事や人間関係その他諸々
失うことに対してすごく敏感な所がある
モノが溢れている時代に生まれて度重なるバブルの崩壊で得たり失ったりして
なんとか今ある物を失うまいと頑張るのは当然だと思うが
命さえあればなんとかなるという先人のフロンティアスピリッツには
何となく勝てないような気がしてならない
モノづくりにおいても実はとても大事なことで
取捨択一を求められる場面が多くどちらかを捨てる必要があるのだが
どちらも捨てないという選択をしなければならないという事もしばしばある
業種こそ違うが燃費のいいスポーツカーなんて個人的にはいらない
便利な世の中になっていく中でリスクを背負わず
何も失いたくない人がどんどん増えていって
人生の伴侶にすらリスクが低く重荷にならない人間を選び
ただひたすらに誰にも迷惑をかけず生きていく
それも今の世の中にひつような事だとも思う
共に苦労しながら生きていこうというのは実は自分だけでなく
相手の事を思いやり年をとり
相手の顔についていくシワやシミは自分が刻み込んでいっていると思えば
相手に感謝し慈しみながら生きていけるのではないのだろうか
