渋沢栄一(カラー処理)
【渋沢栄一の生涯】
令和3年のNHK大河ドラマ「晴天を衝け」の主人公で、令和6年発行の新一万円札の顔となる渋沢栄一（雅号は青淵）は、銀行や経済団体、数多くの会社の設立・経営に関わり「日本資本主義の父」と呼ばれている。
囲碁や将棋が好きだったと言われ明治以降の囲碁界の支援者としても知られている。余談だが、現在女流棋士として活躍する渋澤真知子氏は、渋沢栄一の従弟、渋沢喜作の直系（孫の孫）にあたるそうだ。
天保11年（1840）に埼玉県深谷市で生まれた渋沢は、尊王攘夷運動に身を投じ仲間とともに倒幕のための挙兵を企てるが周囲の説得で断念し、幕府の追及を逃れるため御三卿の一橋家の家臣となって一橋慶喜に仕えている。
慶応2年（1866）慶喜の将軍就任に伴い幕臣となり、パリで開催される万国博覧会に幕府代表団の一人として参加して金融システムや株式会社制度などについて学ぶ。
幕府崩壊に伴い帰国すると、大隈重信らに請われ新政府で大蔵省へ入省。国立銀行設立に向けて取り組むが、やがて予算編成を巡り大隈や大久保利通と対立し、退官して実業家へと転進する。
実業家となった渋沢は、自らが手掛けた第一国立銀行（みずほ銀行）の設立を主導したほか、東京ガス、王子製紙、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビールなど、500を超える企業、団体の設立に関わり、日本赤十字社設立など社会活動にも力を注いでいる。
渋沢は他の実業家と異なり、財閥形成による利益追求よりも公益性を重視し、利益の一部を社会へ還元した事から、ほとんどの財閥創始者の爵位が男爵止まりであったのに対し大正9年（1920）に子爵へ叙されている。
晩年は、民間外交や教育、福祉、医療等の充実にも尽力し昭和6年（1931）に91歳で亡くなった際には、通夜に天皇陛下の勅使が訪れたほか、その功績を讃えて飛鳥山の邸宅から青山の葬儀場まで葬送の列を沿道で多くの人々が見送ったと伝えられている。
【囲碁の逸話】
囲碁や将棋が好きだった渋沢は、パリ万博へ向かう船でも仲間と共に囲碁や将棋をしながら過ごしたと言われ、自らの趣味について晩年次の様に語っている。
「趣味はあまり無く、字を書いたり、読書したりする事が好きだ。下手な詩を作ったりもする。将棋は上手くて、一度、将棋が強かった福沢諭吉と対局したが、私が勝ったため、何処かで稽古したのかと驚いていた。囲碁も好きで、兜町に住んでいた明治17年頃に、方円社の村瀬秀甫や、当時、林千治と言った後の二代目中川亀三郎に月に二・三回来てもらい教わっていた。
しかし明治20年頃に、ふと思い好きな囲碁や将棋をやめてしまった。仕事に集中するため、時間潰しをしてかいけないと思ったからである。」
渋沢は囲碁や将棋をやめたと語っているが、記録によるとその後も碁会に参加しているため、碁石を手にしなくなったという事ではなく、ほどほどにしておいたという事なのであろう。
栄一の娘、歌子は雑誌のインタビューで、プロに教わり囲碁が強かった栄一は、身内では尾高幸五郎以外、好敵手がいなかったため、自らはあまり打たず、人の碁を見ているのが好きだったと語っている。
ある日、栄一は書生同士の対局を観戦していた。二人は段違いで置石での対局で、それでも低段者側が負けそうな形勢であったため、隣で栄一が色々と助言して逆転勝ち。負けた書生は「これではまるで（高段の）殿様が置石を置いて対局しているようなもので、勝てるはずがありません。」と不満をもらし、一同大爆笑したという。
渋沢の囲碁に関する逸話をもう一つ紹介する。
孫の市河晴子が手記の中で紹介しているもので、知人が横浜で古着のロシヤ製燕尾服の上着を手に入れたため、渡航間近で新しい服が欲しかった渋沢は碁敵であった知人と勝負して、その服を手に入れた。
ところが外国へ向かう船でその服を着て甲板へ出たところ、付き添いの外国人から、その服はあまりに可笑しいと指摘され、極まりが悪かったと語っていたそうだ。
渋沢は、かつての主君、徳川慶喜公と明治以降も交流を続け、囲碁好きの慶喜公が開催する碁会に参加したり、慶喜公が出席する会議では、その後に碁会を開催していたという。
また、当時政財界には囲碁の愛好家が多かった事から、様々な会議の後にも余興として碁会が行われることもあった。
明治20年に安田善次郎ら、東京や大阪の有力な財界人を招き懇話会を開催した際に、晩餐会でのもてなしの段取全てを二代目中川亀三郎が行ったという記録があり、方円社とつながりが強かった事が分かる。
様々な企業団体の設立に関与し相談に乗ってきた渋沢は、明治12年(1879)に設立された方円社の後援者の一人に名を連ねるなど囲碁界についても支援の手を差し伸べている。
先に述べた通り晩餐会などで度々方円社を活用していたほか、本因坊についても明治38年に本因坊秀栄が最大の支援者であった高田商会の高田民子と袂を分かった事から支援のために日本囲碁会が設立された際、渋沢も名誉会員として名を連ねている。
大正13年に日本棋院が設立され囲碁界は統一されるが、その前段の動きとして大正11年に坊門、方円社、関西・中京の有力棋士が署名した「日本囲碁協会」の趣意書が発表され、渋沢も賛同者の一人といて署名している。
囲碁界合流の最大の懸案事項であった新会館設立問題で、本因坊秀哉は費用捻出のため東奔西走、その半分近くを有力支援であった大倉喜七郎に求めることとし、了解を確実なものにするため渋沢の屋敷を訪ね口添えを依頼している。
囲碁界合流の話は一度とん挫するが、関東大震災を経て再び機運が高まり日本棋院が設立される。
明治40年に開催された全国米業者大会で渋沢は、次の様に演説している。
「明治維新以降、様々な産業が飛躍的に発展を遂げているが、米に関してはそれほど発展しているとは言えない。それは、皆さんが努力していない訳ではなく、米については維新前からすでに様々な努力により発展を遂げていたからである。いわゆる名人の碁は、半石の上達にも多くの時間を要するもの。しかし、まだ改良の余地はあるので引き続きがんばっていただきたい。」
渋沢は他の演説でも同様の囲碁のたとえ話を繰り返し用いているが、プロを招き囲碁を教わっていた渋沢らしい演説と言える。
渋沢栄一の墓（谷中霊園）
谷中霊園にある渋沢栄一の墓の墓碑銘は、外務省官僚で書家としても活躍した杉山三郊（令吉）によるものである。
三郊の父、杉山千和は書家として知られ、碁打ちとしても安政2年に本因坊秀和より五段の免許をうけ、明治以降も方円社で活躍した人物である。