私は感覚過敏な所もありますが

LDな面もあり、国語的な物を必要とする物は

不得意な所があります。

(今でも少々)

しかし、ある程度の具体的な言いたい所や

理屈はわかっているので、それで生き延びてきた所が

かなりあるんですよね。

こういった所も、LDあるあるなのかもしれない。

 

息子の育児の中で助けとなった物の一つに

神経心理学といった物があります。

認知心理学には近いけど、

脳神経からなる、臨床推理な心理学・・・といった所でしょうか。

 

行動心理は、場面がある程度の統一した所でないと

歯車が重なってしまう時があるし、

今流行りのラグビーボールの様に

本人自身も、経験からなって成功術を分かっていても

違ったシチュエーションが目について気になり

癇癪の芽をはやしてしまう時もある。

 

それが、臨床心理と行動心理の弱みでもあります。

そういった弱みから遠いのが、

神経心理といった所でもあります。

 

 

人間の実行機能・自己防衛・行動心理・記憶には

脳という部品からの信号がかなりあります。

そして、エナメル気質を持つ体の外壁より情報を二刀流把握し

まるで糸電話の様な脳神経は反応する・・・

(ここら辺は神経心理には今は取り入れられてないけど)

 

つまり、人の体は一体化されているけど

それぞれが部品なのですよね。

 

一体で考えると、難しくなりますが

部品で考えると、一つ一つの心理や行動に

道理が見えてくるし、不自然ではなくなるのです。

 

それが、感覚過敏の人や発達障害を持つ人が

潜在的にどこの部分がどう作用していて、

どこが脳内で響いているのか、行動として引っ張っているのかを

よくわかっている。

 

しかし、周囲にいる理解者は目立った行動や

目についた行動から把握しようとしたり、

部品とは見る余裕はなく前後にあるシチュエーションや

環境把握で答えを手探りに探そうとする事で

時折ズレも出てくるのですよね。

 

それは、親側としての環境が多く知りました。

(今、当事者としての息子支援と

健常側からのアドバイス支援でズレを感じております。)

 

話は元に戻り、

 

たまたま面談していた児童デイサービスで

講座をするという事で参加して知った神経心理ですが

その後の私と息子の人生を変えるとは

想いもしませんでした。

 

私自身、息子で答えを知った発達障害。

第二のステージとなったのが、

自分を活かす術を知る第三のステージ

それが神経心理だったのです。

 

たまたま、合ったのかもしれないけど。

発達障害からしたら、自分の部位よりも更に細部を

部品として考え、そこから感覚を受け入れ使用していく。

 

それは、自転車屋さんにメンテを繰り返してく様に

人生の道も進みやすくなりました。

 

発達障害が周囲との波長や調子がズレてしまったり

ズレを感じてしまうのは、例えるならまるで

オーケストラが演奏前にしているチューニングみたいな光景で。

この違和感の中から整えるのって結構難しいんですよ。

 

あの演奏前のチューニングがプロ達によるので僅かな秒内。

そして、目の前でそれぞれの楽器が音を出しているのを

把握できるから観客は、あのチューニング光景が

好きな人もいるかもしれない。

(コレがリアルオーケストラの良いところなのよ!と)

 

しかし・・・あれが素人達の塊で5分位かかっていたり

微妙に音の統一してかないそれぞれの楽器達を

別室で聴いていたら・・・ひとたまりもないでしょう。

 

 

若干通常の人とかけ離れた自己防衛や行動欲求が現れ

その行動を、周囲が「好ましくない振る舞い」と思った場合に

現れる物や表現がこの様なものなのかなと。

 

 

つまり・・・私が出会った神経心理は

当事者が楽になる世界なのかなと・・・思い。

ここのブログにだけ残す事にしました。

多分、藁をもつかみたい人には

手っ取り早くないので勘違いされるかもしれない。

 

神経心理士が一人でも多く増える事を願います。