私も子供の頃は、機嫌が悪くなると悪口を言ったり

ウソをつくような子供でした。

 

要は正確が悪いといった子供。

 

今思うと、かなり変わっていたので社会性が

難しいんだなぁと思います。

 

発達障害の子は、社会性が難しいだけでなく

頭が考えなくても良い方へも考えてしまう。

 

周囲が予期できない行動が出来るというのは、

その予期できない事を何周も考えまくっているのです。

 

よく考えれば、頭の良い子で

悪く考えれば悪知恵の子です。

 

発達障害の子は感覚過敏も、持ちやすい。

過敏になってしまう子もいれば、鈍麻な部分もあります。

そして、過敏のあまりにそれを求めてしまう傾向も。

 

通常の方はある程度の年齢になれば

それも収まったり慣れてしまったり、気にしなくて良いと

自分の中でフィルターが出来ます。

 

しかし、発達障害の人は脳の使い方や

脳の機能が通常の方と使い方や発火が変わってしまう為に

身体感覚も変わってしまうのです。

 

 

感覚がそうなのですから、

記憶も変わります。

 

覚えていなくて良い事も、

変に覚えてしまっていたりする。

 

また、短期記憶から中間記憶、

中間記憶から長期記憶までの移行が偏っています。

 

 

そして、脳の使い方や好んでしまう思考や

気になってしまう思考、

感覚が加わってしまうと感情も前頭葉の真ん中にある

拒否反応や自己防衛に過剰や移行が走り

性格にも変化が現れます。

 

その時に、時間感覚が曖昧な記憶や

過ぎてしまった事を経験で曖昧になれない、短期記憶。

こちらが左右し、

自己防衛や走り、予期思考も左右されます。

 

そして、嘘や悪口を言ってしまう行動が生まれてしまいます。

 

こういった思考が現れた時に

一番わかりやすいのは、本来あるべき行動ではないと

あるべき行動とは違うといった真逆の行動をしている

感覚をもっております。

 

その為、皮膚感覚や表情筋にもどこか日頃とは違った面も

現れるのです。

 

いつもと違う時に、強い注目。

 

そして、何故、その子はそういった思考を発信しようとしたのか?

 

そこが大事なのです。

ただ、大人になってしまえば、経験で

「ウソ」や「悪口」をする必要がないという事を知る筈なのですが

それが未だに起こしてしまう人もいます。

 

そこが、発達障害傾向であり。

 

また、逆に、社会的なウソや暴言をして守れない

内向型や自虐的な傾向の方も。

 

こういった人も正直います。

 

私も、この邪魔な感情

「ウソ」をついてしまった方が楽なのか?

「悪口」を言う事で回りを取り払いたい。

といった物で長年散々苦しんできました。

 

その感情が楽になれたのも、

自分は、他人とはズレているらしい(発達障害なのかと)

と、安心できたから。

 

そして、散々経験していたり

素直に他人を想像していいんだ。

他人をウォッチングしていっていいんだと思えたから。

 

つまり、子供が生まれた事で

初めて自他の区別が上手になれたのです。

 

今になり、やっと社会での生き方であるコツを見つけました。

 

今、私がしている事は

結婚する予定も子供が生まれる予定も無さそうな我が子に

自他を経験させる事です。

 

なので、私はどうしても

発達障害という言葉を好意的に取ってしまうのですが・・・

認める、受け止める。

そして、病気やケガと付き合い名が生きるように

演奏する音色に合わせてギターを選ぶ様に

料理法や調味する材料で包丁を選ぶ様に

思考や脳を受けとめながら生きていくのも大切なのかなと。

 

そうなった時に、無駄な行動である

「ウソ」や「悪口」の感情に怯えなくてもよくなるのかなと思います。