息子は、年中まで
快速通る度にギャン泣きで
蝉に負けない程の声で
騒いでしまう様な子だった。
当時小さいから抱っこ出来たけど
振り落としてしまいそうな程に
騒いでたので、周囲の人達は
私に声をかけられない程の
お察しぶりで感謝してた.
私はずーっと感覚過敏やら
何やらの怯えだと思ってた。
共感した声をかけたり
電車バイバーイをしたり
もうね、そう思ってた。
しかし、言葉が出た頃に
「乗りたかった」と、ポツリ。
全てが私の見当違いを
教えてくれた瞬間へとなった。
子供の恐怖を感じる行動は
当たり前の話だが、
その気持ちは本人しか分からない。
考えてみれば、各駅乗る時は
別人の様にお利口かも知れぬ。
発達障害ってのは奥が深いのを
昨日デイサービスのイベントへ
行って思い出しました。
イベントでは行事が恐怖だったり
親に辛く当たる子や
逃げてしまう子も沢山いたの。
息子より小さい子の親は
必死に考察して支援してたけどね。
それを見ていて、
今になり行事に参加できる様な
息子を持った私にとっては
「親から見た不可解な行動は
その子にとって意味あるから
子供の人格否定はやめな。
それを出来るのは神父くらいだよ」
と、何度か教えたくなったけど。
幸い私は講座や本の数々で
教えてもらってた知識があったから
それをせずにやって来たから
息子は早めに行動が変わった。
何がどうであれ、否定はあかん。
根拠を知ったら私も方法に
出会えるはずなんだからと
否定せずに考察支援して来れた。
もし彼が変わったのなら
良くなったのではない、
賢くなったのでも無い。
経験から発想へと変わったか
単に他に必要な行動へと
移っただけの事なのだ。
とりあえず、これからも
彼を認めた生きて行こう。