前回の続きと言いますか・・・本当はこっちが書きたかったのですが、サブストーリーがあまりにも嬉しかったので、先に書いちゃいました♪![]()
さて、
Kちゃん、前回のところでもチョコット書きましたが、C国人ですが、今ミサイル実験でもめている国の人たちや、K国の人たちと同じ民族なので、K国語も、C国語もペラペラです。どちらかと言うと、K国語の方が普段使う言葉なんです。Kちゃん、英語もよくできるようです。そして、日本語も、N1合格者です。話もウチのクラスの中では珍しく、本当に上手にできます。
で、Kちゃん、本当に1年間、自分の進路について悩んだ人でした。
元々は、都市開発関係の仕事をしていた人です。
1年で、帰国する予定だった彼女。
だけど、1年日本で勉強して、私と最初に出会ったときは、そういう勉強ができる大学院に進学したい、と言っていました。(筑波大学を希望してましたっけ。)
夏の時点では、日本での就職も考えていたんです。言葉が4ヶ国語も出来る人ですから、実際に、神戸にあるスポーツ用品の会社からお誘いがあったそうです。
だけど、色々悩んだ末に、K国で住宅環境整備の会社に就職が決まり、そちらに行くことにしました。
優秀な人は選択肢が多くていいですね
私なんて、この仕事しかできません・・・![]()
先ほども書きましたが、1年で帰国する予定だったのです。なぜかというと、婚約者がいて帰ったら結婚する約束で、1年間だけ日本に留学させてもらったんだそうです。
だけど、1年経った後で、すぐにあの震災が起こり、普通なら何の迷いもなく帰るところですが、Kちゃんは帰りませんでした。
「先生、私だけ日本を離れますよね。本当に迷ったんですよ。本当に、最後の最後まで迷って、このまま日本を離れていいのか、本当考えました。でも、今でも考えてます。なんか・・・逃げるみたい・・・。去年は、ちゃんと日本にいないといけないと、思ったんです。もちろん、自分の日本語も、中途半端だし、何のために日本に来たのか、1年では分からなかったからですけど、あの、去年の震災の映像を、毎日テレビで見たときは、本当に帰ることができませんでした。・・・・」
Kちゃんの話を聞きながら、Kちゃんは、あの震災を見て、逆に帰ってはいけない、と思ったことに驚きました。
「先生、私、この1年間、東北の人たちのために何もしてません。自分のことで精一杯で、何もできなかったんです。たぶん、日本にいたら、今よりも、時間もお金も余裕ができて、何かできると思うのに。これから、何かできるかもしれないのに、日本から、いなくなるのは、本当に逃げているみたいで、ちょっと自分が悪い人間になるみたいです。」
「そんなことないよ、全然!逃げてるなんて思わないよ。」
Kちゃん、午前しか授業が無いときは、必ずいつも大阪にある教会に行って、ホームレスの人たちに食事を提供するボランティアをしていました。本当に困っている人を見ると、何かしないではいられないのです。
「私、自分の国には帰りたくなかったんです。これは完全に逃げてます。前に婚約してた人が、結婚したでしょ?だから、帰りたくないんです。小さい町だから、会う可能性は本当に高いんです。悪いことですけど、幸せな彼の顔は見たくないんです。」
「そうだよね・・・」Kちゃん、また思い出して、涙目です。。。
そういえば、Kちゃんとなぜか
Tちゃんと、
Kくんの4人で
朝まで飲み明かしたことがありました。Kちゃんのその元彼が結婚した、というメールを元彼から受け取った次の日のことでした。
「待っててくれるって言ったのに!
」と、Kちゃんが大泣きして、大泣きして。。。いつも冷静なKちゃんだったから、びっくりしました。あんなに乱れたKちゃんは最初で最後です。色んなことが爆発したんだろうな、と思いました。
「先生、私、本当に自分の選択が正しいか、本当に分かりません。」
「あのね、こんなにも東北の人のことや日本のことを考えてくれること、私は本当に嬉しいよ。日本人の私も、何をしたらいいのか、本当に分からないし、何もしてあげられない自分の力の無さ、本当に情けなくなることがある。
だけど、Kちゃんはね、今からたくさん、東北の人のためにできることがたくさんあるよ。」
「何がありますか?教えてください。」
「まずは、この地震のことを忘れないこと。それから、外国に住んでる人、本当に誤解していることがたくさんあるよね。日本中が放射能で汚染されていて、行くのも危ないと思っている人、本当にたくさんいるでしょ?でも、Kちゃんは、あの地震から1年間、ちゃんと日本で生活して、日本で出来た野菜なんかを食べて、何も問題なくちゃんと生活できたよね。ちゃんと事実を伝えて、まずはご両親やお友達を安心させてあげないとね。」
「そうですね。」
「それから、1年経ってもまだまだ復興には時間がかかっているよね。それも事実だよね。だから、まずはその現実をK国やC国のお友達とかに伝えることもできるでしょ?まずは色んな事実を知ってもらうことだよね。そこから、何ができるか、何か、出来る人はできると思うから、考えてもらうことも大切じゃない?」
「はい。」
「それからさあ、これは私は日本人ってすごいなっていつも思うけど、暴動とか、そういうのは起きないじゃない。盗みとかはあるよ。だけど、結構色んな国で大きな地震とか起きたら、店を襲撃したり、銀行強盗が頻発したり、政府とかに抗議して、暴動が起きるでしょ?日本はそういうのは無いでしょ?」
「はい、それは、本当に日本人はマナーがいいですね。」
「あの地震で日本人のいいところ、結構見たよね?」
「はい、たくさん、絆をテーマにして、頑張っています。今でも、頑張ってますね。」
「でしょ?だから、C国もだろうけど、K国もまだまだ反日感情、強いでしょ?そういういいところも、アピールしてよ。」
「先生、私、日本を離れても、やることがたくさんありますね。」
「そうよ!私からの宿題だからね!ちゃんとやらないと、ダメなのよ!」
「そうですね。本当に、たくさん、学びました。それを、みんなに伝えたいと思います。」
「たくさん学んだ?」
「先生がさっき言ったこともそうですけど、『備えあれば憂えなし』という言葉を覚えて、本当にその通りだと思いましたし、やっぱり、自然の力の大きさは、科学では対処できないと思いました。」
「なるほどね。K国なんて地震はほとんどないんでしょ?でも、何が起こるか分からないからね。家とか町とかつくったりする会社でしょ?ちゃんと自然の恐ろしさ、伝えてね。」
「はい、先生は、何を1番学びましたか?」
「1番?!って難しいね・・・でも、学んだことじゃないと思うけど、この間の1年経った後に、さらに強く思ったのは、人間って、一人じゃ何もできない、ってことかな。震災の直後はね、もっと強くならないと、って思ったの。だけど、一人が強くなっても、限界があるんだよね。だから、今私の周りにいる人をもっと、大切にしなきゃ、って思ったかな。通り過ぎて行った人もたくさんいるよね。だけど、今、私と一緒に居てくれる人のおかげで、生きていられるし、生かされてるし・・・死んでないっていうか・・・」
「先生!
」
「でも、本当に。縁がある人とは、一度離れても、また縁ができて繋がるっていうのもよく分かったし、あんなに仲が良かったのに、今は全く連絡もしない人もたくさんいるしね。だから、今現在、私と繋がっている人には、本当に助けられているし、本当に大切な人だな、って思う。だから、その人たちを大切にしよう、それはね、この間の震災から1年経ったときにそうさらに思ったよ。」
「そうですね。」
「通り過ぎた人は意味があったでしょ?私もたくさん通り過ぎて行った人いるけど、その人たちと出会えてよかったと思うよ。ちゃんといろんなこと、その人たちから学んだしね。まだKちゃんは若いんだから、もっといろんな人と出会って、いろんなこと学びなさいってことだよ。別れは出会いの始まりだって言ったでしょ?今ある人を大事にしたら、いい出会いもあると思うからね。新しい環境でスタート切ったら、いいこと一杯待ってるよ!」
「そうですね。先生に会えてよかったです。本当に先生はいつも前向きですね。」
「うん、考えると悲しいことばかりだからねえ。。。考えないようにしてるよ。」
「いつも
Sちゃんと、先生みたいな人になろうと言ってますよ。」
「それは・・・やめたほうがいいよ。結婚できないからね。」
「先生は、できないじゃなくて、しないだけです。先生に合う男性は難しいです。」
「ええ~!!じゃあ、やっぱりできないんじゃないのよ~!」
せっかくいい話をしていたのに、最後はいつもこんな感じにしてしまう私・・・![]()
関西人、だから?オチを作らないと気がすまない・・・悪い癖です。
でも、本当にね、今私のまわりにいる人たち、掛け替えの無い人たちです![]()
もちろん、こんなくだらない、どうでもいいブログを読んでくださっている方々も、私にしたら、本当に大切な人たちです。
みなさん、本当にありがとうございます!感謝しております!
だから、今年の311以来、Facebookちょっと頑張ってみてます・・・繋がってるって大事だな~って思うわけです。。。それに、Washington post の記事が読めるのは本当に便利です♪
Kちゃんとランチの約束をしたのです。
超キレイなモデルさん風の人が座っていたからです。
」そう思い、それからは、意識してそちらを見ないようにしていたのです。
「あなた、とってもいい顔なすってるわ。お仕事なになされてるの?」
「え・・・」
「でもね、ちょうど良かったんです。実は今日も、病院から来ていて・・・」

父の一声で高知に行くことが決まりました