アウンサンスーチーのように、良心を大切にする姿勢を見習いたくて。。。。

ビルマ情報ネットワークより引用
http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=0&articleid=436
アウンサンスーチーの思想
軍政下のビルマで根強く抵抗を続ける民主化勢力の指導者アウンサンスーチー(1945~)の思想(論理)について。1991年のノーベル平和賞受賞者で、非暴力を旨とする民主化運動を長期に粘り強く指導するこの女性は、常に世界のメディアの注目の的でもあります。
アウンサンスーチーは全土的な民主化運動が盛り上がった1988年8月、ビルマ政治の表舞台にまさに彗星のように登場しました。それまでの彼女はインドと英国での生活が長く、配偶者でチベット研究者のマイケル・アリス博士(故人)との間に2人の息子をもうけ、家族と共に専業主婦としてオクスフォードに住んでいました。母親が重篤に陥ったため、1988年4月にヤンゴンに戻り、自宅で看病をはじめましたが、そのときが民主化運動の盛り上がりの時期と重なり、ビルマ独立の父である故アウンサン将軍(1915~47)の娘ということもあって、使命感を持って運動の最前線に飛び込みました。
軍政成立後に結成された国民民主連盟(NLD)の書記長に就任してからは、彼女自身の強力な個性と政治的カリスマ性が国民の彼女への支持を強め、すぐに民主化運動全体を象徴する存在になりました。アウンサンスーチーはいわゆる権力志向の運動指導者とは異なり、独特の思想に基づいて行動を続けています。その根幹は次の3つから成ります。
恐怖から自由になること
自分自身を客観的に見つめ直す努力を日常的に実践すること(彼女はこれを「真理の追究」と呼びます)
目的と手段の倫理的基準を一致させて行動すること一つ目の「恐怖から自由になること」というのは、人は他者に対して恐怖心を抱けば抱くほど、その人を憎むようになり、その結果自分自身が堕落していくので、努力によって自己の中の恐怖心をなくすようにすべきであるという努力義務を意味します。たとえば、独裁者は自分の椅子を部下が狙っているのではないかと恐怖心を抱くことによって疑心暗鬼に陥り、やみくもに恐怖政治を敷くようになります。そのような独裁者の下で生きていかざるを得ない一般の人々は、恐怖のために独裁者に抵抗できず、逆におもねるようになります。その結果、社会は正義を見失って限りなく堕落していきます。恐怖こそ、堕落の一番の要因であると彼女はみなすわけです。
アウンサンスーチーのこれまでの軍政に対する行動を見てみると、いかに彼女が自分の中の恐怖から自由になり、ひるむことなく独裁的権力に対し自分の見解を表明してきたかということがわかります。彼女はこの生き方を国民一人ひとりにも日常の生活の場で実践させようと考えています。
2番目の「自分自身を客観的に見つめ直す努力を日常的に実践すること(真理の追究)」というのは、感情や怒り、偏見から自由になるために、常に自分を見つめ直し、自分と他者との関係について客観的にとらえ直す努力をするという意味です。「怒っている自分」「怒っている他者」が、双方そのままでは憎しみと対立が深まるばかりです。もし、「なぜ相手は怒っているのか」「なぜ私は不快なのか」ということを客観的に考える努力をすれば、そこに「相手と話し合ってみよう(対話「ダイアローグ」をおこなってみよう)」という気持が生じ、それによって対立相手との和解や、双方の前向きの変化が生み出されるきっかけが生まれることになります。
アウンサンスーチーが軍政に対して常に対話(ダイアローグ)を求めているのは、この思想に基づくものです。彼女の中にあっては、軍事政権は打倒対象ではなく、あくまでも対話を通じて相手への理解を求め、「変えていく」対象として受け止められています。軍事政権の政策や行動は強く批判しますが、軍政や国軍のメンバーに対する人格攻撃や個人攻撃はしないというのが彼女のやり方です。それをやってしまったら、相手を憎むことになり、対話を遠のかせ、自分自身の堕落にもつながることになるからです。
最後の「目的と手段の倫理的基準を一致させること」というのは、「正しい目的(=民主化の達成)は正しい手段(=民主主義にふさわしい手段)を使うことによってのみ達成できる」ということを意味します。もし間違った手段、すなわち民主的ではない手段(暴力闘争や謀略、相手への復讐など)を採用してしまうと、正しい目的(=民主化)は永遠に達成できないと彼女は考えます。これは「良い種を蒔かない限り良い木は育たない」と語ったインドのマハートマ・ガンディーの思想と根底において通じる哲学です。民主主義と暴力は最も相容れない関係にあります。仮に武装闘争や謀略などによって、軍事政権を倒すことをできたとしても、代わって登場する新しい体制は、旧来の軍事政権と同じ「困ったときには武力に頼れば良い」という非民主的な性格をその根底において持ちつづけてしまいます。それは正しい目的である「民主主義の追究」から、かけ離れた体制であるとアウンサンスーチーはみなすのです。彼女の非暴力主義はこの考え方を源泉としています。
アウンサンスーチーが、国軍を嫌い、敵対しているという見方も誤りです。自分を3度も自宅軟禁に処し(現在も軟禁中)、3度目の軟禁の直前の2003年5月30日には、中部ビルマのディベーインという小さな町で軍政の御用団体USDAが組織した数千人のならず者によって数百人のNLD党員と共に襲撃される事件(ディベーイン事件)に遭っているにもかかわらず、彼女は国軍に対する敵対心を有していません。彼女の父がビルマを英国から独立に導いたアウンサン将軍(1915~47)であり、かつそのアウンサンがビルマ国軍の基礎をつくり指導したという事実を重視する娘は、父のつくった軍隊に嫌悪感は持っておらず、逆にその独立闘争への貢献から親しみと尊敬の念を強く抱いています。彼女とNLDが批判の対象としているのは、国民のための軍であったビルマ軍を誤った方向へ導いていったネィウィンや、現在の軍事政権の思想と行動に限定されています。
こうした事実から、NLDと国軍が将来連帯して(和解して)民主化を目指す新政権をつくるという可能性は、夢物語ではなく、実際にありえる話として考えることができます。それを実現させる際の障害はNLD側にではなく、NLDとアウンサンスーチーに深い憎しみを抱く軍事政権のメンバーの心の中にあるといえます。
2008年9月5日現在、自宅軟禁中のアウンサンスーチーはハンガーストライキ状態にあるといわれています。同年8月16日以降、体調を崩した彼女は、外部から食事を受け取らない状態が続いています。このことが何を意味するのかは、彼女が外部へのメッセージ発信を軍政によって禁じられているため、現段階で正確にはわかりません。しかし、もしこれが本当にハンガーストライキ(⇒食事を拒否することによって自分の意思を命がけで表明すること)であるとすれば、その目的は次の2点にあると思われます。
ひとつは「軍事政権による茶番の国民投票の実施と問題だらけの憲法の承認に対する拒絶の意思表示」、もうひとつは「それをしっかり批判しない国際社会、特に国連に対する不信感の表明」です。ハンガーストライキはかつてインドのガンディーが英国からの独立闘争において常用した手段でした。ガンディーはインド国民の絶大なる支持を得ていましたから、彼がハンガーストライキをするたびに、英国は妥協をせざるを得ない状況に追い込まれました。ガンディーの生きた時代、ハンガーストライキは政治的な武器として意味を有したわけです。しかし、いまの軍政下のビルマにおける民主化運動で、ハンガーストライキが状況を打開するための有力な武器となる保証はありません。英国の場合、少なくともガンディーを見殺しにしてはならないという理性と人権意識を抱いていました。けれども、ビルマの軍政は国民を事実上「敵」と認識していますから、その象徴であるアウンサンスーチーがハンガーストライキに入ったところで、果たして深刻な事態として受け止めるかどうか疑問なのです。
その意味において、アウンサンスーチーはいま、危険な状況にあるといってよいでしょう。国際社会がこの危機的現実に対し、しっかりとビルマ軍政を説得して、彼女を解放して対話をおこなうよう、あらゆる努力をはらうべきです。
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