暫しの沈黙のあと。
「そうだったんですね。それで手術の日程はもう決まっているんですか?」
レイはユアの側で立ち上がってこちらを見た。
「いえ。実はね、日本では小児の心臓移植は2010年以降出来る様に法改正はされたんだけど、小児のドナーは圧倒的に少ないの。15歳未満で考えても過去に2例か3例しか無いの。あとね、移植後の管理施設の整備とか問題はまだまだあってね、日本での心臓移植はまだ難しい状況なの。」
「と言う事は、ニュースなんかでよく聞く様に、アメリカとか海外で手術って事になるんですか?」
「そうね。一応アメリカに行く事になっているんだけど、やっぱり問題はドナーで今は待っている状況なの。」
簡単に出来るとは思っていなかったが、日本の医療体制を改めて聞いてぼくは・・・いや三人とも愕然とした。
母親は続けた。
「あとね、ユアを助けたいと思う反面、ユアが助かると言う事は何処かの誰かの死と言う現実を避けては通れない事なの。誰かの死を望む訳では無いんだけれど、そう言う状況にならなければユアも助からない!と言うのがね・・・とても複雑な心境なの。」
確かにそうだ。誰かの死が無ければ誰かが助からない状況と言うのはなんと言う悲劇なんだろう?
きっと誰のせいでもない。
でも泣こうが叫ぼうが祈ろうが、現実はいつもぼくらの前に横たわっている。
ただ一つ解った事は、神様なんて居ないんだと言う事。
レイもアキラも何も言わずただ話を聞いていた。
「1日も早くドナーが見つかる事を祈っていますね」
ぼくにはそんな言葉しか見つけられなかった。そして、
「突然おしかけた上に長居してしまって本当にすみまけんでした。あの~・・・こうして知り合えたのも何かの縁なので、又お見舞い・・と言うかユアちゃんに会いにお邪魔してもいいでしょうか?」
母親は答えた。
「ユアは五才にして、自由に外へ出かける事もままならない。この四角い窓から見える世界がユアの世界の全てなの。あなたたちが来てくれるなら大歓迎よ。世の中のいろんな事、教えてあげて!話し相手になってくれる?」
そんな言葉に三人は、
「勿論です。ありがとうございます。」
と礼を言った。
ぼくら三人に出来る事なんて何があるのか解らない。けど、少しでもユアちゃん、そしてお母さんの心を癒せるなら何でもしよえと思った。
そして、
「長々とすみません。ユアちゃん!疲れてない?」ユアちゃんの顔を見た。
ユアは「ううん。」と言う意味だろう。
頭を左右に振ってくれた。
「じゃあ今日は失礼します。又お邪魔させて頂きますね。」
そう言って部屋を出ようとしたぼくらの背中にお母さんの、
「今日はわざわざありがとうございました。又待ってるわね。」
と笑顔で声をかけてくれた。
ぼくらは病院を後にした。
歩きながら三人とも無言だった。
行った事が良かった事か悪かった事か誰にも解らなかった。
が、レイは言った。
「よし!明日も行こう!毎日行こう!ユアちゃんが少しでも元気が出る様に頑張ろう!」
「そうだね。迷惑がかからない程度に顔を見に行こう。少しでも元気になれる様に!」
アキラも「ウンウン。」とうなずいている。
こうしてもう夕暮れになった街で、それぞれ帰路についた。
(つづく)