すっごく当たり前のようですが、、、
先に存在するものがあるから
その存在がある!って分かる。
それで
その、ある!って言ってくる?
しゃべってくるものが
自我と呼ばれているもの。
ではその先に存在しているものって?
自我は存在がある!と気づいて、
アレコレお喋りしてくるもので
その存在自体ではない。
同様に
先に出来事があり、
その出来事をあった!
と認識してるのが自我。
先にその出来事がなければ、
あった!って分かんない、気がつけない。
自我が起こった出来事を認識し、
その出来事を
後からアレコレ意味づけしてる。
無になってる時は
自分が透明(景色と境界線がなくなる感じ)
で所在が分かんなくなるけど、
ここにいるよ〜って分かってるのが
実は自我だと。
透明な方が真の自分だと
今更ながら気がつきました
無になって、自分がいなくなるけど、
それって何?
ってずっと思ってた
まぁ、そう感じてるのも自我なのだけど。
そのストーリー、事柄、出来事があり、
それは、無、源泉、真の自分(言い方ありすぎ笑)に先に存在してるんだよね。
その真の私があるところから、
自動的にいろいろ湧き出てんのか~と。
そっから湧き出てるものを、
私だと思ってる自我が認識して
意味づけしてるんだ!
私はただの先にある存在、
意識
自分と思ってた私は
実は自我、エゴ。
無には全てがある
制限も時間もない
だからその意識の中にあるものの中から
自我がある!と
認識出来た時点で、それは既にある!ですよ。
タイムラグなし、既に叶ってる。
だって、自分という存在があり、
自我がいる!って認識してるから、
自分がいるって分かるし。
願望って実はないんだ。
真の自分では。
ただ欲しいものとかは、
自我がない〜って認識してるだけ。
ないよ、目の前見てたら。
真の自分がいるとこに、ある。
自我が真の自分があるとこに
それはある〜って認識したら、
あるよ、って事。
それが現れてくる。現象化。
逆ですね。
それを
内側(真の自分がいるところ、ゼロポイント)
にあるものが
外側(現実)に投影されてる
ともいう。
潜在意識にあるものを顕在意識で
認識してる、ともいう。
あるんだから、
現実が辻褄合わせに創ってくる。
だから創造主なんだよね。
現実は後、意識が先の意味。
頭で分かってても、
つい現実見てないって認識してしまいがち。
自我が本当の自分て信じてて、
それ基準で決めてるから
それは、そうだ。
真、自我、
どちらの自分にある!ものに
基準を置くかだ。
ゆえに認識の変更って言うのですね。
自我はゼロポイントにいる存在とは
別ものです。
真の自分は静かで無で、しゃべらない。
自我はお喋りです💞
