真の自分がいるところに全てある。
無、ゼロポイント、ボルテックス、源に。
私はただの存在、意識。
そこに私と思ってる私、自我が私はいる!と
認識してるから、私はいると分かる。
自我って認識マシーン、単に働きだ!
認識マシーンに出来る事って?
そう、先に存在しているものを
ただある!と認識するだけ。
そのあると思った目の前を
受け取る事だけ。
認識マシーンに創り出す機能はありません。
自我に創造もコントロールも出来ない。
出来るのは創り出されたもの、
湧き出たものに
後からこうだ、あーだの
ラベル貼り付ける事だけ。
既存のものに名前を貼り付けて、繋げて、
物語が出来上がり、それに反応し
感情が動く。
(あれ、映画だ、本当に
)
それが現実体験の出来上がり。
お疲れ様。
で、また、体験したいことを
目の前の現実から、ない!と認識し、
欲しい!と認識した時点で
それは先にあるので実現する。
そして、また自我がアレコレ理由づけして
お話し繋げて
願望実現したの〜!してないの〜!
と認識し、現実体験完了。
自我が話しをでっち上げてるので、
元い、ストーリーを繋げてるので、
自分で現実を創って、
コントロールしてるかのように
勘違いしてるけど。
繋げてるだけ。
自我って、今までの経験値とか観念よね。
頭で考え、こうならこうだ。
とっても狭い制限。
ここで、思い出してほしいのが、
意識が先、現実は後の
耳タコ🐙です。
起きてくる事って先に
真の自分に存在してるもの。
そこは、無、なので、
制限やこうだからこう、とかはありません。
自我が現実に基準をおいてると
その現実基準で認識されたものを体験し、
自我の今までの経験値からの誤判断
(自我は後判断だしね〜)で、
ストーリーも既存のもので出来上がり。
自我が全てある場所に基準をおくと、
そこで認識されたものを体験する。
ストーリーも自我がびっくり、
一緒懸命理由さがしても
見当たらないくらい
突然な展開ありの
新規のものが出来上がり。
という仕組みなんだね
