精神科閉鎖病棟に入院した、あの日。




出産してから、数ヶ月後の出来事だった。




急に、家の中ですら夫と一緒じゃないと

移動できなくなった。




とにかく不安で一人でいられなくて、

急に体が震えて、息が苦しくなって、

今にも倒れそうで。




元々長い間うつ病を抱えていたけれど、

こんな状態になったことは無かったし、

まさか自分がこんな状態になるとは思わなかった。




きっかけは、慢性的な育児疲れ。

そして、最後の決定的な原因は、育児を手伝いに来てくれていた実母との言い争いだった。




母から言われたのはとてもショックな言葉で、

今まで世界で一番心を許せて、信頼していた母への想いを根底から揺るがすもので、これ以上ない悲しみだった。

ピキ、と自分が壊れた気がした。




夫がどんなにそばにいて励ましてくれても、


ありがとう。でも、死んでしまいたい。

もう苦しみたくない。


出てくるのは、そんな言葉だった。





起き上がる力もなく布団に横になっていた私の手を握りながら、夫は言った。




にこ

芽衣(子ども)とはしばらく離れることになるけど、10年先、20年先を見据えて、今は入院した方がいいんじゃないかと思う。

俺は、20年先も、にこと芽衣と一緒にいたい。




うん、そうする。入院する。




この先も生きていきたいと思ったわけじゃないけれど、とにかくお医者さんのところに行って、自分がどういう状態なのか診てもらいたかったし、医療関係者の方のそばにいたら安心できる部分もあると思った。




その後、自分で食べる力がなく、布団に横になったまま、夫にバナナを食べさせてもらった。



バナナって、すぐエネルギーに変わるから

良いらしいよ!



そっか。

入院したら、点滴つけてもらいたい。

もう、ご飯、食べられそうにないから…




そう言いながらふと夫に目を向けると、

夫の頬に涙が伝っていた。




泣いてるの…?




泣いてないよ。




夫とは、付き合っていた期間も含めたら

10年以上一緒にいるけれど、

夫が涙を流すのを、初めて見た。




そして、その日のうちに精神科を緊急受診し、医師の判断のもと、入院が決まった。




精神科への入院は、私たち夫婦にとって、そして子どもも含めた私たち家族にとって、大きな試練になった。




一生入ることがないと思っていた、精神科閉鎖病棟の内側。

どんなところなんだろう……でも、きっと今よりマシな状態になるはず、と小さな希望を抱いた。




まさか、そこでもっと最悪なことが待っているなんて、思いもしなかった…。