コロナ禍の真っ最中、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

幸い、周囲に感染した人がいないため、

ウィルスが蔓延しているという実感はあまりありませんが、

手洗いやアルコール消毒、マスクなどは常に気をつけております。

 

毎年行っていたMRI検査はもう必要ないということになり、

今後は数年に1度ぐらい、気が向いたら受けにきて下さいとのこと。

 

娘は無事に3歳になり、来年から幼稚園に入園します。

コロナ禍なので体験入園など、どれぐらい出来るのか不明ですが、

これから園を選んでいきたいと思っております。

人懐っこくて公園でもすぐに友達を作るのであまり心配はしてまいせん。

 

両脚の麻痺に関しては相変わらずです。

転ぶことは滅多にないですが、

リハビリを行っていないので、ラクな歩き方になってしまうのか

違和感のある不格好な歩き方になっている気がします。

介護保険を使えるようになったので

通所リハビリ施設などでせめてマッサージぐらいは受けたいと考え始めました。

※コロナが収まったら

 

公園や遊園地で娘と遊んだり抱っこしたりなど今のところは問題ないのですが、

かけっこではそろそろ勝てなくなりそうです。

そうなると、例えば娘が車道に飛び出しそうな場面とかで、

走ってそれを阻止することが出来なくなります。

そうなると、私一人で娘を遊びに行くのが怖くなってしまいそうな・・・

 

脚が思うように動かないので、

それなりに考えることも多くなってしまいます。

先日、ちょっと機会がありまして
MTの軽トラを運転してみました。

しかし、怖い!
クラッチをちゃんと踏めてるかどうかも分からないし
ブレーキもAT車に比べて小さいので、赤信号のたびに
ちゃんと止まれるか不安で、すぐに運転を辞めました。

AT車では以前にブレーキペダル巨大化作戦を決行しましたが、
今は普通のペダルで運転出来ています。
レンタカーや突発的に人の車を運転する時も
ペダルを気にしなくていいので便利になりました。
MT車も慣れれば運転できるようになる気はしますが
そもそも安全に練習できる場所なんてあるのだろうか・・・

それはそうと、
慶応大学がIPS細胞を使って脊損を直す治験を始めるとか。
まずは急性期の患者のみが対象のようですが、
そのうち慢性期にも対応していくそうです。

もしIPS細胞を使って脊損の治療が出来るようになったらどうするのかな。
今の時点で生活に支障はないし、
また入院、手術、リハビリと行うにはお金も時間もかかりますので
その時になってみないと分からないですね。
ついに念願の第一子が誕生致しました。
ちょうど1か月ほど前、女の子です。

脊髄内腫瘍からの脊髄損傷。
当たり前の生活を諦めなければならない可能性も高かったと思います。

しかし今現在、それまで通り営業の仕事をして、
子供も授かって、抱っこして歩いてと
普通に生活できていることが大変幸せに感じます。

脚の痺れはずっとありますが、
生活にはそこまで支障がないので何よりです。

明日、娘のお宮参りのため、今日から両親が泊まりに来ます。
札幌の観光案内しようかな。

それはそうと
仮面女子?とかいうアイドルグループのメンバーが
倒れた看板の下敷きになって脊髄損傷したというニュースを見ました。
他人事ではないので、脊髄損傷というキーワードに敏感になっています。
車いす生活を覚悟されているようですが、
出来れば立って歩くための練習もして欲しいなぁと思います。
筋肉がなくなり、硬化してしまうと
ますます歩けなくなるので、今重要な選択を迫れている時なんじゃないかと思いました。
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(写真はイメージです)

もう2か月ほど前のことになりますが、
社員旅行で沖縄に行って参りました。
そこで挑戦したのがスキューバダイビングです。

こんな方はご遠慮します、という項目に色々書いてあり、
「脊髄損傷」という言葉は見つかりませんでしたが、
正直に話したら断られると思い、そのことにはあえて触れずに申込みをしました。

挑戦する前に出来ないと思いこんでしまうと損な気がしましたので
恐怖と期待の中、スキューバをやってみることとなりました。

まず大変だったのは
ボンベと重りを付けたまま、道なき岩場を歩いたことですね。
あと、砂浜の波打ち際は足が砂にずぶずぶと埋まるので歩くのが大変でした。
足のヒレはインストラクターが取り付けてくれたので問題ありませんでした。

ダイビングの最中は
波に煽られてひっくり返りそうになるのを
本来なら足のヒレを使って上手く体勢を整えるのでしょうけど
私はそれがあまり上手くいかないので、何度か体が反転しそうになりました。

しかし、無事に何事もなく
魚やイソギンチャクを堪能し、餌をやったりしてスキューバを楽しむことが出来ました。

問題はその後ですね。
慣れないスキューバ(人生で2回目)で疲労マックス。
その状態で砂浜に戻ると
自分の体重やボンベ、重りの重量もあいまって上手く立てませんでした。
ズブズブの波打ち際の砂がさらに追い打ちをかけます。

何度も転びそうになりながら
道なき岩場を登り、やっとボンベを下せる状態になった時
心底安心しました。

脚の自由がきかないので、
大変なことは大変でしたが、決して不可能ということではなさそうです。
今回は砂浜からの入水?でしたが、
船から海に入る場合、スキューバの後、無事に船に上ることは出来るのでしょうか。
これもやってみないと分かりません。

いずれにせよ、今回は貴重な体験が出来ました。
出来ないことは一つでも減らしていきたいので
これからも色んなことに挑戦していきます。

脊髄を損傷したら麻痺が残るってのは

ほとんどの人が知るところだと思いますが、
今回はそれ以外について書きます。

排泄などについての一般的な話しは
専門のサイトを見て頂くとして
ここでは私の状況について話しを致します。

私の場合、
血圧がかなり上がりました。
病気発覚の前から血圧が高めでしたが
手術後はもっと高くなりました。
今思えば背中が痛くなり始めた頃と血圧が上がり始めた頃は同じように思えます。
血圧が180/130みたいに、ありえない数値になってきたので、
これではいつか死んでしまうと思い、通院することに致しました。
現在は2週間に1回、通院しながら血圧を下げる薬を貰っています。
毎日朝食後1錠です。
薬面倒臭いので、早く高血圧ワクチンが実用化されないかな・・・


あとは、汗が吹き出します。
少しでも暑いと、立っているだけで汗だくになります。
なので夏は辛いですね。
もっと言うなら、暑くなくても汗だくになったりもします。
何故か頭皮からやたらと発汗するので、
他人からもすぐに気づかれるし、発汗量は引かれるほどです。
なので、夏場、立ち作業をする時はタオルを持参することにしました。

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それはそうと、嫁のお腹の中に命が宿りました。
まだ安定期には入っていないので、知人らには秘密にしていますが、
子供が欲しいと切に願っていましたので、とても嬉しく思っております。

妊娠が分かってソッコーで「たまごクラブ」てきな雑誌を購入し、
付録のマタニティストラップ?をゲットしました。
付録には母子手帳を入れるポーチも付いていましたが、
札幌市の母子手帳はデカすぎるので入りませんでした。
現在も、少しでも脚が良くなるよう、
普段の生活の中で努力していることがいくつかあります。

リハビリに通うことはなくなりましたので、
脚の状態が悪化しないよう、極力神経を使うようにしています。

まず、お参りです。
職場に神棚があるのですが、
私の独断で毎朝神棚に向かって2礼2拍手1礼という
神社形式のお参りをすることに致しました。

これにより
「目を瞑った状態で立つ」ということが習慣化されました。
(特に神頼みをしているというわけではありません)

最初はよろつくこともありましたが、
徐々に目を瞑っていても脚の状態が分かるようになってきて
安定して立つことが出来るようになってきました。

他には
パンツやズボンを着脱する時は
出来るだけ何にも捕まらずに、片足立ちしながら行うようにしています。
こちらは今でもよろけますが、継続することでスキルアップを目指します。
緊張のためか、足首が反り返ってしまって
上手くズボンに足が通らなくなることもあります。

また、階段を昇り下りする時は
極力手すりを使わないようにしています。
幅が狭い階段など、危険を感じる時は素直に手すりを使いますが
こちらも数を重ねて慣れていく必要があると感じております。

スリッパでの歩きもだいぶ慣れてきて
スリッパが脱げることもなくなってきました。
しかし、歩き方がぎこちないので、こちらもさらに慣れていく必要があると思います。

脚が痺れて自由に動かないということには変わりありませんが、
それでも少しでも不自由をしないよう、
日々、精進して参ります。
そろそろ3年検診も近づいてきていますので
近況報告を致します。

障害年金の申請を行いました。
知人からは
「障害の程度から言っても無理だよ。病院から受け取る書類代の無駄になると思うよ。」
と言われ、
医師からも
「うーーん、今ふつーに仕事出来てるんですよねぇ。うーん。」
と言われましたが、
申請しなきゃ結果なんて分からないわけですから
とりあえず申請しました。

とにかく書類が多くて、不備不備で何度も突き返され、
やっとこさ申請を終えてから3か月後ぐらいに
「この書類も作って下さい。」と。

再度病院に行って「腫瘍は悪性か良性か」みたいな書類を作ってもらい
年金事務所に提出するとさらに3か月。

何故にこんなに時間がかかるんだ!と思いつつ待っているとハガキが到着しました。

それによると、
障害年金はダメだけど、障害手当金は渡しますよ、と。

定期的に貰えるお金じゃないようですが、
120万円ほどの手当金を一括で貰えるようです。
やっぱり申請して良かった!

病気をしたことで不自由なこともありますが、
悪いことばっかりじゃないよね!という風に持っていきたいので
障害手当金は大変ありがたく思いました。
たいして変わらない日々なので、
書くこともあまりないんですが、
先日、術後2年の検診に行って参りました。
造影剤を使ったMRI検査です。

再発はないようです。
再発はないだろうなぁとは分かっていても、
毎回結果を聞く時はドキドキしますね。
再発でまた手術ってことになったら、
もっと障がいが酷くなるわけですから・・・。
次回からは造影剤なしのMRIになるそうです。
注射はできるだけ避けたいので良かった・・・

それと、引っ越しをしました。
バリアフリーとかではないですが、
今までより随分と広い部屋です。
おのずと家の中でも歩く距離が伸びますので、
結構疲れますねw

今まで私が1人暮らししていた部屋に住んでいたので、
嫁と2人で住むには手狭でした。
今回、2LDKの部屋に引っ越しましたが、
リビングも部屋も広くてとても快適です。
キッチンも広いので大きな冷蔵庫を買いました。
これで買いだめもできる!
ここからは、「俺、頑張った!」的な自慢が含まれてきますw
不愉快になる方は読まないでくださいw

私は手術後からリハビリをしている間もずっと、
歩けなくなるなんて全く思っていませんでした。
医師が何度も「杖をついて歩くのが最終目標」と言っても
全くヘコむこともなく、信じることもなく
「いやいや、杖なしで歩くしw」と、根拠のない自信に満ちていました。

急性期リハビリの際、
作業療法士に「杖なしで歩けるようになりますよね?」と聞いたら
血相を変えて「誰がそんなことを言ったんですか?」と。
いや、リハビリ計画書の目標に「自立歩行」と書いてあったので
そういうことかと・・・と言うと
「いえ、自立歩行とは、杖無しということではありません。」と。
つまり、人の介助がなくても歩けるということで
それが松葉杖なのかT字杖なのか分かりませんが、
杖なし歩行とは別次元の話しだと、その時初めて知りました。
そこで私はさらに聞きます。
じゃあ、杖なしで歩けるようにはならないんですか?
すると、作業療法士は言葉を選びながらこう言います。
「杖なしで歩けるとは言っても、それは日常生活の中で
実用的なスピードが出るかどうかなど、色々な問題があります。
そういったことを踏まえると、杖なし歩行は現実的ではありません。」

そこでも私はヘコみませんでした。
いやいや、歩くしwと、
根拠のない自信です。

何でこんな思考になったのかは自分でも分かりませんが、
「杖なしでは歩けない」という受け入れがたい事実から逃げ続け、否定し続けたということかもしれません。
妻と入籍して3日後に病気の宣告を受け、4日後に手術し、超特急で障がい者です。
ほんの数日前まで、結婚したらこんなことをしよう、将来はこうしよう、と
夢を語っていたのに、それが全て壊れていくのが許せませんでした。
落ち込む妻に私は何度も言いました。
「結婚前に語った夢は全て叶えるから。一つも妥協しないから。」と。
そのためには杖なしで歩けるようにならなきゃいけません。
そして、小走りぐらいは出来なきゃいけません。
私の目標はそうやって定まったのでした。

そこからは徹底的な努力とロジック構築のスタートです。
ヒトがどういうメカニズムで歩くのか、
関節の動きはどうなっているのか、荷重移動はどうなっているのか
それまで意識もせずに歩いていたのに
「歩き」を全てロジック化しました。
仕組みが分からないと、リハビリの際にも自分の脚をどうしていいのかイメージが出来上がらないのです。
もちろん、リハビリは理学療法士に全面的に委ねますが、
その理学療法士が理にかなったリハビリをしているのか本気で考えるのは
結局のところ自分しかないのです。
そして、いくらプロとは言え、理学療法士は脊髄損傷になったことはないのです。
つまり、脊髄損傷になった人の「感覚」は、結局は自分にしか分からないのです。
「俺の感覚は、他の人には分からない」というのを
辛さアピールや努力をサボる言い訳ではなく、合理的にリハビリを続けるための糧にしました。
自主練を自分で考えて、
理学療法士に「こんな自主練を考えてみたんだけど、プロの目から見て効果があると思いますか?」と聞いたことも一度や二度ではありません。

自分は一生歩けないかも?と思っている人に聞いてみたいです。
「本当に全力で問題に取り組んできましたか?
ヘトヘトになるまでリハビリや自主練をし、
勉強し、考察し、持てる力を全て出し切りましたか?」と。
神経がなくても手を動かすほどのミラクルは
鬼気迫るほどの情熱からしか生まれない気がします。
惰性で続けるリハビリや、何もしないと不安だからだけでやっているリハビリからは生まれません。
血まみれになっても這い上がり、点滴片手に食いしばるぐらいの気持ちが必要だと思います。
逆に、そこまでやってダメなら自分の中で諦めもつくと思います。

大切なのは、今日出来ないことを、いつまでに出来るようにするか、
そういう、常に上を目指すことだと思います。
思い通りに動かない体との格闘は本当に疲れますし
物理的にほとんど動いていなくても汗でびっしょりになったりします。
それでも一つの達成感に甘んじることなく、
次々とハードルを上げていくことこそが大切です。
出来ることを何度繰り返してそれ以上にはいきません。
出来ないことを出来るために、どんな手段があるのか、全力で考え、
体だけでなく、頭も働かし、体に命令を与え続け、イメージをし続け、
それでやっと「リハビリ」としての効果が出てくるのだと思います。

長くなりましたが、
今苦しんでいる人にエールを送りたいと思い、長々と書きました。
結局、言いたいことはラストの部分ですw
私は脊髄を損傷して
神経や身体の仕組みについて色々調べつつ
自分なりの考察も続けました。

先ほど書いた、
神経が繋がっていない人は
自分の手がついているという自覚も出来ないほど全く感覚がなく、
骨折しても気づかなかった、と言います。
それなのに、リハビリを続ける過程で感覚を取り戻し、
わずかな温度差も感じることが出来るようになった、というのです。
神経が繋がっていないのに、です。

私は、自分の経験や理学療法士と話したこと、
調べたことなどを統合して、なんとなく理解しました。
専門家からすると「ありえない」と笑われるかもですが。

手術後、リハビリがスタートし、やっと立てるようになった時、
理学療法士が私を人工芝の上に立たせました。
私は理屈を理解していないと気持ち悪い性格なので
いちいち、これはどんな効果があるのか?とか聞きます。
すると理学療法士は
「脳からの命令信号だけではなく、足からも刺激の信号を発生させて
神経を下りと上り、両方で刺激していきます。
それで感覚の回復を狙います。と言われました。

医師は「失った機能は二度と回復しない。」と言ってたのに
え・・・回復するの?と、その時衝撃を受けた記憶があります。

この矛盾について私なりに考えたのは
確かに損傷した神経は元に戻らないけど
刺激を続ければ、バイパス回路が生まれるのでは?ということです。
脳神経においてはよく知られていることですが、
ひよっとしたら脊髄でも同じようなことがあるのかもしれない、と考えました。

そこでさらに
神経が繋がっていない人が手を動かすロジックを考えます。

結局のところ、脳の命令って電気信号であって、
体は電気信号で動くバーツです。
腹筋に電極を貼って電流を流し、腹筋を鍛えるとかいうダイエット商品がありますが、
電気信号さえ与えれば、体は勝手に動く、つまりは電化製品なんですよね。
脳という制御装置と体というパーツを結ぶのが神経というケーブルで、
それによって脳の命令を体に伝えるわけですが、
神経が途切れた人の場合、筋肉の繊維の一部なのか末梢神経なのか交感神経なのか何か分かりませんが、
中枢神経以外の何かが代替えになって信号を伝えているのだと思います。
つか、実際に動いている以上、それ以外に説明がつかないと思います。

そう考えると、
とりあえず脳が元気なら、希望は捨てなくても良いのかもしれません。
どちらにしても、回復のためには強い意志、
つまり脳が一番重要なポイントになってくると思っています。