備忘録①。(ガン告知からの日々) | あなたの中のカムイと対話する、Aynu Messenger Naomi の言の葉通信

あなたの中のカムイと対話する、Aynu Messenger Naomi の言の葉通信

~あなたの中のカムイと対話する~
アイヌ民族の精神性
「人間も自然の一部」「すべてにカムイ(神)が宿っている」
自身のルーツを受け入れ、精神性を受け継ぐAynu Messenger Naomiの宇宙日記。

告知。

 

 

7年前の今日、ガンの告知を受けた。

 

4月頃から背中が痛むようになった。

昔、胃潰瘍になった時と似た痛み…。

 

結婚生活で心身共にボロボロになった。

家を飛び出してからやっと行けた病院で驚かれた。

 

「よく我慢してたね…もう少しで胃に穴があくところだったよ。」

 

治療を始め、ピロリ菌があることが分かり除去することに。

薬の副作用で全身に蕁麻疹がでたけれど、除去できて

小学5年生から続いていた胃痛から解放されました。

 

 

除去から8年目、背中の痛み…

ピロリ菌は除去したから胃潰瘍ではないはず。

 

でも、痛みは治まらない…

 

いつもはぎりぎりまでガマンして、限界がきてから病院へ行っていた。

今回は限界が来る前に病院へ行こうと思い電話帳をめくる。

 

 

受付け18時半まで、仕事帰りに寄れるところにある病院があった。

 

 

ここなら休まず行けるし行ってみよう。

 

 

診察を受けピロリ菌は除去したと伝えたけど

一応胃カメラ検査をすることに。

 

8年ぶりの胃カメラ…氣持ち落ちる。

 

 

検査を受けた結果「胃潰瘍」と診断される。

 

ピロリ菌はいなかった。頭をかしげる医師。

 

まず薬を飲んで、二か月後治っているか確認のため再検査。

この時医師が「まれに胃潰瘍の裏にガンが隠れていることがあるから」

と言った。

 

そうなんだ…と流す。

 

 

薬を飲んだら痛みは止まった。

 

今までのわたしなら

痛みが止まったら再検査は受けずに逃げていた。

 

でも、今回は医師の言葉が氣になっていた。

 

食よくあるし、太ってきてるし、ガンの訳ない、と思いつつ

周囲からも一応行った方がいいよと言われていたので再検査を受けた。

 

 

検査後、

「胃潰瘍が治っていないので病理検査出します。何かあったらすぐ連絡します。」

 

……。

 

 

不安がよぎる。

まさか、わたしがガンなんて、こんなに元氣なのにありえない。

不安を打ち消すように自分に言い聞かせる。

 

5日後、知らない番号から着信。

ほっとく。

 

次の日、帰宅の車中で

もしかしたら病院?とふと思う。

 

かけてみるとやっぱり病院だった。

 

「先生からお話があるので病院にこれますか?」

 

…どういったお話でしょうか?

 

「それは先生からお話がありますので…」

 

検査の結果のことですか?

 

「先生がおはなししますので…」

 

 

不安がよぎる。

 

まさか、ガン?体重は増えてきて困ってる位で痩せてきてる訳でもない、

告知の時って家族と一緒に来てくださいって言われるよね。

 

ガンなわけがない。

 

自問自答繰り返し翌日病院へ。

 

 

直ぐに呼ばれた。

 

医師の前に座った。

「病理検査の結果、ガン細胞が見つかりました」

 

目の前が真っ白になった。

次に子どもたちの顔が浮かんだ。

 

次の瞬間、

 

わたしまだ死ねません・・・と泣き崩れてる自分がいた。

 

 

手術までの検査などの説明を受けている間もずっと涙は止まらなかった。

 

時間給をもらっていた会社に向かう。

入院手術となれば長期の休みが必要。上司にガンのこと報告しないと。

 

車の中で独りになった時、泣き叫んだ。

 

なんで?なんで?わたしなの??

なんども試練を乗り越えてきたのに、前向いてがんばって来たのに・・・

 

いじめ、DV,離婚、母子家庭生活、いろいろあったけど

前だけを向いてきた。

 

自分に与えられた試練なんだと受け止めて生きてきた。

 

 

1年前、正社員にもなれて仕事も慣れてきて、生活も安定し独りでも子どもたちを育てられる、

これからどんどん良くなっていく!と思っていた矢先のガン告知。

 

 

この時ばかりは天に向かって言いました。

 

なんで神さまはわたしに大きな試練を用意するの?

まだ乗り越えなきゃいけないの???

 

いったい、いつまで乗り越え続けるの……

 

 

車の中で泣き続けたので職場の上司には落ち着いて話せました。

涙は止まらなかったけど。

 

入院するので、その間子どもたちのお世話を頼む必要があったので実家へ向かう。

 

今までさんざん心配かけてきた。

これからはたくさん親孝行していきたいと思っていたのに、

 

ガンだと言うことをつたえるなんて、こんな親不孝ことない…

 

両親のことを想うと涙が更に流れる。

 

 

 

途中、友人の会社に寄り、胸を借りて泣いた。

 

おかげさまで涙は止まった。

両親に冷静に泣かずに話せた。

 

こんな親不孝ないよね、ごめんなさい。わたしがんばるから!

入院中、子どもたちのことよろしくお願いします。

 

伝え終わってすぐ帰った。

 

わたしが帰った後、母は泣いていたと聞いた。胸がしめつけられた。

 

わたしは親不孝者だ…

 

 

ここまでの記憶は昨日のことのようによみがえるのに

家に帰ってからの記憶がない。

 

いつも通りごはん支度をして、

子どもたちと話をして、

寝たのだろうと思う。

 

次の日の土曜日は娘を札幌に連れて行く約束があったし、

日曜日は息子のサッカーの試合があった。

 

泣いている時間はない。

 

でも、

 

告知の日から、ガンを受け入れるまでもう少し時間が必要でした。