芸術家の彼を追いかけ続けて。

芸術家の彼を追いかけ続けて。

20年以上前。彼の駆け出しの頃。この人の魅力の虜になった。そして私も彼に釣り合うようにと努力し追いかけ続けた。そしていま、私は彼から信頼を頂いている。そして私も名前が売れるようになった。なのに焦燥感にかられるのはなぜなんだろう。

20年以上前。彼の駆け出しの頃。この人の魅力の虜になった。そして私も彼に釣り合うようにと努力し追いかけ続けた。そしていま、私は彼から信頼を頂いている。そして私も名前が売れるようになった。なのに焦燥感にかられるのはなぜなんだろう。
Amebaでブログを始めよう!
私は芸術家の彼との距離を保つことにした。

彼と会うことを辞めたのだ。

芸術家の彼と会うことにより
今の私の社会的立ち位置を失うリスクをとれる程の魅力は、、ないように思えるようになってしまったから。

私は芸術家の彼と、もう一度昔みたいなつきあいは考えられない。

幸せな人生を目指しながら、一段ずつ積み重ねていく現在のやや退屈な日常生活の中で

確かに芸術家の彼は魔法をかけたような刺激を私に音楽をたばねて演出してくれる。

しかし。
今後、芸術家の彼と会ったとしても、魔法のかかった時間がほんの少し伸びるだけのことだ。

楽しい時間は楽しいままで終わらせてこそ意味がある。

魔法のかかった最中の行動の責任は、きっと魔法が溶けた後の私が取ることになる。

その代償の重さを考えれば、、答えは否に決まってる。

いま。私は。
自分の幸せのために当たり前の選択をしだただけなのたのだ。

そんな風に冷静に考えられる自分を不思議と嬉しく思えるようになった。

そんな決断を数年に一度繰返しては、追いかけ戻され現在に至るのであるけれども。

私にとって6月とは、色々な決断を行う「決断の月」でもある。

今回こそ距離をあけるぞ。
と。
自分自身に叱咤激励の魔法をかけてみる、今年の6月でありました。

でも。
少しばかり心が痛むのは なぜなのだろうか。