周南市ライヴでは1972年をふりかえって

PYGメンバーの名前も登場したり

 

ライヴ仲間から借りた

パンフレットのページめくったら 

 

 

 

沢田研二対談井上堯之

対談の途中に

 

PYGの分類に綴りたい堯之さんの言葉を抜粋して

 

やっぱりあの時代には必要だったし、

あれがないと、今日の路線とか決まってなかったろうし。

あれはやっぱり一つの宿命だったんじゃないかな。

PYGっていうのは、

俺にとって、

生涯に三つのチャンスがあるっていわれているけれど

一番節になる二つ目のチャンスじゃないかな。