数日前の朝刊でも

改修工事を予定している日比谷野外音楽堂の記事

 

LINE仲間からネット記事が届いたけど

そのときにふりかえることなく

 

きのうのアフタヌーンティーで

JULIE旅ミーティングのときにも

話題にあがったけれど

 

 

◇日比谷野外音楽堂の歴史

初代は1923年7月

 

その後、戦争があってGHQに接収されたり

 

1954年に接収解除で

2代目が再開

 

1983年、老朽化にともない

3代目が再開

 

 

 

2代目の野外音楽堂の思い出

1970年

第3回日本ロックフェスティバルに

タイガースのジュリー

テンプターズのショーケンも出演

このときには足を運んでいないけど

 

1971年

4月3・4日

ロックフェス'71に

PYGとして出演

このときも足を運ばず

 

①1971年7月4日

ロックフェス'71に

PYGとして出演

このとき初めて野音に足を運んで

当時のロックファンの男子からは拒絶され

ショーケンはステージからひきずり降ろされそうに

ステージにいろんなものが投げられたり

ジュリーの悔し涙も

朝から並んで

まじかの8列目でみつめて

私にとって野音デビューは哀しい思い出に

 

 

②2回目は7月21日

ロックンツアー’74の前夜祭

朝から並んで前方のほうで観た記憶

チケットは見つからないけれど

 

③3回目の1988年7月16日

改修された3代目の野音

夏とは思えない寒さの中

カッパ着て眼鏡にワイパーつけたいくらいの

どしゃぶり雨の中

Bブロック3列目だから9列目から

土砂降りの中で歌うジュリーみつめ

雨にも負けないくらい盛り上がったコンサートだった

 

(追記)

亡くなられた吉行和子さんのこと綴っていたら

吉行和子さんの後ろ姿をみつめながらの

ツアーファイナルの神奈川県民ホール

その時のツアー初日は野音だったこと思い出し

 

④4回目は1990年6月23日

「単純な永遠」」ツアーの初日


 

(訂正)

⑤5回目の野音は

1997年10月18日

気温が低くてジャケットはぬぐことなく

Cブロックの1列目

このとき

「あのときはビショビショだったねぇ~」と
1988年の思い出をジュリーと共有できたことが嬉しかった
ビデオとのちにDVDで記録されたけど

 

 

自分にとっての日比谷野外音楽堂

哀しいロックフェスからのスタートだけど

PYGとソロになってからのジュリー

 

日比谷野外音楽堂の2代目と3代目を経験して

 

長く生きていると

ニュースに掲載されない事実も

たくさん経験してるから

ものたりなく感じるのかしらね