不登校からの大学受験【塾の記録】その① | ~希望の詩~

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「いばしょクラブスタッフ・ルカ」のブログです。
学校に行けなかった2人の息子のこと、
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小学6年~中学2年まで不登校だった次男が大学受験に向け、

今年の2月まで通塾していたエピソードや成長した記録をつづります。


 

次男は、高校1年生の夏頃に、大学受験に向け不登校で3年間スッポリ抜けている英語を学びに塾へ行きたいと言ってきました。
個別と集団の塾を体験しどちらかに決めるとのことでした。


個別なら、あべさんの塾REOは、不登校の子や学校に通っている子、受験生も受け入れているし、家庭教師も派遣していて、我が家から横浜駅まで乗り換えなしで10分ちょっとでアクセスしやすい環境にあるのでオススメしたところ、次男は早速体験に行きました。
 

体験後、しばらくしてからREOに行くと決め、
高校1年の10月より通うことになるのです。
 

動詞や形容詞などまともにわからない次男を、担当の講師は一から忍耐強く丁寧に指導してくれました。
 
家では、高校と塾の宿題に毎日取り組みました。
机に向かう時間が長いのでしんどくないか心配をしていたのですが、こんなにやることがあるー!と言いながらも、水を得た魚のように楽しそうでもありました。


高校3年生になると、受験用に英語のほか、小論文や世界史などの科目もおそわることになり、週3日ほとんど休まず通いました。


その甲斐あり、1番苦手な英語が1番得意な英語に変わりました。
成績は学年で常に上位となり、ついには最後の全国模試で小論文が全国1位となり、誰もが思わぬような展開になったのです!!


次男は不登校の3年間 + 高校の範囲 + 受験勉強を、
REOに通いだしてから2年間でやりきることができたのです。
 
 

塾の様子をたまに聞かせてもらっていたのですが、私の不安は的中でした。親の私でもさじを投げたくなるような「こだわり」の強いタイプにもかかわらず、講師たちは最後の最後まで次男の特性に合わせて根気強く付き合い指導してくれていました。


エピソードとして、気になった箇所はわかるまで次に進めなく、受験に一切関係ないところだと教えてもガンとして聞かず、講師たちは答えを調べるのに随分苦労したそうです。

 
例えば、物語に主人公の知人がエキストラのような配役で登場したとき、「その知人は結婚してるのかしていないのか」と、物語の内容や問いからかけ離れたことに興味や疑問を持ち質問。講師たちやあべさんまでもがそのエキストラのような登場人物をネットで検索し、やっと見つけて答えることができたそうです。
 
 
ある時は、この表現は英語圏でも使っているのかと質問。講師は問いと無関係だし受験にも必要がないと伝えても納得がいかず次に進めない。REOには帰国子女の講師がいたため、答えることができたそうです。

 
このように、毎回の授業では受験には関係のない箇所まで気になり、
気になると答えがわかるまで次へは進めず、誰がなんと言っても聞かない。


そんなエピソードばかりでした・・・・・笑い泣き



自分の子が講師に大変な思いをさせていることがわかり、申し訳ないあまりにREOに通わせたことをあべさんに謝ったら、講師たちは次男のために一生懸命やっているので謝らないでほしいと言われた時もありました笑い泣き


次男にはどうしてそこまで聞くのかと質問したら
本番では何が出題されるかわからないし
疑問になったところは全てクリアしておかないと
万が一落ちたときに後悔する。後悔だけはしたくない。
と言って、その余計な質問をやめることはありませんでした笑い泣き



その②へ続きます。