続きです。
こんな体になってしまった長男ですが、
体育祭をまじかに控え団長としての責任があったのでしょう。
2日間だけ学校を休み気力を振り絞り学校に行きました。
大丈夫かな?
心配していたことは、みごと的中しました。
男性教諭から
健康管理がなってない
団長として責任感がない
生徒会副会長のくせにだらしがない
ふざけるな
お前はあーたらこーたら
みんなの前で謝れ
このような内容で繰り返し怒られたそうです。
長男は、言われたとおり全員の前で謝り、
何度も意識が飛びそうになりながら1日をこなしたそうです。
長い間怒られ、途中で頭が真っ白になり覚えてないとこもあるけど、
体育祭や生徒会、今までも学校のことは一生懸命やってきた。
どなられるようなことをしたのか。
体調が悪いことは認めてくれないのか。
思い通りにならない体と悔しさで
目から涙を流しながら自分の気持ちを私に訴えるのでした。
そして、長男はこの日をさかえに、不登校になりました。
しかし、この出来事が大きなポイントなのです。
鍼灸の先生がその意味をおしえてくれました。
このような形で「人に守られる」ときがある。
これだけ言われないと体を引きづってっでも学校に行くでしょう。
これでゆっくり休めるし、もう頑張らなくていい、と。
息子には、
寝たいだけ寝て、食べたいとき食べて、
お母さんにたくさんワガママいうこと。
ムカついたら、ムカつくって言うこと。
私には、
栄養指導・生活リズム指導、
中学3年生なので高校進学は通信制を進めてくれました。
こういうタイプの子どもは、
個性を生かせる学校があっていて、
ピッタリなとこにあてはまると才能の芽が伸びる、とも。
すでに高校進学まで見通し
私たち親子を助ける役目をなす鍼灸の先生との
不思議な縁を感じたものです。
この先生との出会いは10年以上も前のことです。
当時彼女は30代前半。
病気の問屋で何度も体にメスをいれ、メンタルの病にも冒され
身動きのできない体でした。
しかし、10年もたつと、大学の修士課程を終了し、
ご自宅に鍼灸治療院を開設。
パラリンピックの公式トレーナーとして活躍していました。
彼女は長い長い闘病生活を乗り越え
使命の道を歩む鍼灸師になっていたのです。
その彼女、いや、先生からのひと言ひと言は、
まさに的を得ていて、私たち親子に安心・希望を与えてくれました。
そうだ、わが子にも使命がある。
今はわからないけど、きっと意味のないことなんて一つもない。
親として立派な社会人となるためにお手伝いをしていこう!
私の中で決意が固まるや否や、
おもしろいように次なる試練がやってくるのです。
長男が不登校になってから数日後、次男も不登校になるのです。