一週間ほどブログと託児を

お休みさせていただきました。
今日は個人的なことを少し。
もし、よかったら
最後の方だけ読んでもらえたら
嬉しいです。
(途中は私の整理も兼ねているので。)
 
 
身内の不幸が続き
気持ちがすっきりしないところに
一週間前、私にとって一番大切な、
両親の次に長生きしてほしいと思っていた
おばあちゃんが亡くなりました。
 
おばあちゃんといっても
本当の祖母ではなく
祖父母がいなかった私たちのために
祖父母代わりをしてくれた方です。
 
 
突然のことでした。
なんの病気もなく、とても元気だったため
一報を聞いたときは、ちっとも真実味がなく
「そんなバカな。」と。
 
 
当たり前ですがその間に
通夜や葬式の日時が決まっていき
少しづつ本当なんだと感じ
無理やりな日程でしたが
大分へ帰ることにしました。
 
 
会いたかった。
とにかく会いたかった。
 
 
人生は選択の連続です。
私は選択する時に
後悔しない方を選ぶと決めています。
だから「決めたことを後から後悔しない。」
ということも決めています。
 
 
けれど大きな後悔が残りました。
 
毎年、年末に必ず会いにいっていたのに
今回に限って私の体調が良くなかったため
春に会いに行けばいいねと
会いにいきませんでした。
夏に会ったのが最後です。
 
 
 
事情により残念ながら
最後に顔を見ることも
手を握ることもできないままです。
 
それでも最後まで見送ろうと
たくさん花を飾ってあげて
息子と共に最後まで一緒に見送りました。
(息子のことも孫のように
可愛がってくれていました。)
 
 
自分がこんなに引きずるとは
思っていませんでした。
全く気持ちは晴れません。
 
その理由を自分で分析してみても
後悔なのか
いないことが悲しいのか
認めたくないのか
なんなのかわかりません。
 
そしてこんなに引きずり
眠れず過呼吸になる日もあり
心はザワザワしているのに
涙が出ません。
泣くことができないのです。
 
 
息子は最後の日に
もう会えないと理解したのか
大泣きしました。
 
 
そんな息子を見ても涙が出ない。
それがまた自分で情けなくもあります。
 
こうして書くことで
整理したいという気持ちと共に
読んでくれた方へ
お伝えしたいことがあります。
 
それは相手が大人でも子どもでも
いってらっしゃい
またね
と別れるときは笑顔で別れてほしい。
ケンカしていても
悲しいことがあっても、です。
後悔しないために。
 
 
そして会いたい人には
後悔しないように会うこと。
会いに行けないとき
もしこれが最後だとしても
仕方なかったと思えるのかどうか
もう一度考えてほしい。
 
 
もうあの
わらじのようなボタモチも
正月についてくれる
あんころ餅も
肉を食べないくせに
美味しく作ってくれるすき焼きも
食べられないのは悲しいです。
 
私はばあちゃんが漬けた
ぬか漬け以上の漬物に
まだ出会ったことがありません。
 
 
信心深く、働き者で聡明だった
自分の娯楽なんてなくて
いつも私たちや孫のことばかりだった。
 
初七日を迎え思い出した
ばあちゃんの口癖は
「勉強すること。働くこと。」
「学びとお金は邪魔にならん。」
だから私が働いてなかったら
きっと成仏できない。
というか、怒られる。笑
 
 
そんなわけで動き始めます。
涙を流せる日が来ることを願って。
 
ずっとこの曲が頭を巡っています。
なぜでしょうね。
Mr.Children/himawari