自転車に載るようになってから、空を見上げることが多くなり、最近になってとくに走っている途中で（立ち）どまって、何をするわけでもなく空を見ることが多くなりました。

自分のようなキリスト教徒にとって、空は「天には神に栄光」の場所ですから、父なる神がいらっしゃる場所です。

そこを見上げる時、以前のような願い事ではなく、神さまに対する感謝の気持ちで見上げていることが多くなりました。

これまでの人生、いろいろあったけれど、神さまが私のことをずっと気にかけてくださっていたのだということに気が付いたときから、ミサの際に口に出す「神に感謝」ということばに、心からの気持ちが入るようになりました。

こう書くと、「どこで気が付いたのだ」と問われるかもしれませんが、言葉では説明できないことなので、詳細は控えたいと思います。

ただ、あえて表現するなら、自分の人生に人智を超えた出来事が重なっていたのに気が付いたとか、自分ではできなかったことを神さまがして下さっていたことに、突如として気が付いたと書いておきたいと思います。

神さまがいるかいないか、そんなことは私にとってはとうに問題ではなくなり、もし今自分のと神さまとの関係がなかったなら、私はどうなっていただろうと想像すると、ゾッとしています。

人によっては私のことを「宗教にはまっている」と言われるかもしれませんが、世間で言われるような時間やお金を費やしている事実もありませんし、神さまとの関係の為に自分の人生をおろそかにしているという意識もありません。

そもそも、神との関係などその人個人の問題ですから、他人がとやかく言っても、それこそ何の関係もないのです。

さて、空を眺めていると雲が気になります。

山へ行ったときや自転車で走っているときなど、雲の動きをにらみながら今後の天気の推移を気にしてきたわけですが、今は雲の存在そのものに興味がゆくことが多くなりました。

とくに夏から秋、冬と季節が動く中で、今日は夏空（夏の雲が空にある日）だとか、あれは秋特有の雲だとか、上空もすっかり冬の装いに変わってしまったなど、行きつ戻りつを繰り返す空に美しさを感じるのです。

そこで、高校生の頃に買った詩集に入っていた短い詩を思い出しました。

くもの　ある日
くもは　かなしい
くもの　ない日
そらは　さびしい

（「雲」八木重吉「秋の瞳」より）

八木重吉さんはキリスト教を信仰していましたから、どことなく神の臨在を感じさせる詩が多いと思います。

上記の詩を私は人間に置き換えて、「人間が存在していることは、（ある意味で）かなしい。

しかし人間が存在していなかったら、世界（宇宙・神さま）はさびしい」ととったのですが、皆さんはいかがですか。

人間の存在は、天からみたら身勝手このうえなく、かつ空に浮かぶ雲のように変化をくりかえしては、はかなく消えてゆく悲しい存在だけれども、もし雲というものが最初からまったく存在しなかったとしたら、そらは文字通り「空」となり、それは澄んでいればいるほどさびしさをたたえるのではないかと考えるのです。

もうひとつ、高校生の頃に知った詩を思い出したのでご紹介します。

羊の雲の過ぎるとき
蒸氣の雲が飛ぶ毎に
空よ　おまえの散らすのは
白い　しイろい絮（わた）の列

帆の雲とオルガンの雲　椅子の雲
きえぎえに浮いてゐるのは刷毛の雲
空の雲……雲の空よ　青空よ
ひねもすしイろい波の群

ささへもなしに　薔薇紅色に
ふと蒼ざめて死ぬ雲よ　黄昏よ
空の向うの國ばかり……

また或るときは蒸氣の虹にてらされて
眞白の鳩は暈（かさ）となる
雲ははるばる　日もすがら

（立原道造「雲の祭日」「立原道造詩集」より）

こちらの詩は、遠藤周作著「海と毒薬」の最後に、主人公が一節目以降をどうしても思い出せないという形で登場します。

最後まで読むと、「ふと蒼ざめて死ぬ雲よ　黄昏よ　空の向うの國ばかり……」という文言に、人の一生を雲に喩えているような気配を感じます。

雲も風の動きや日の光によって、位置だけではなく姿を刻々と変えますし、見ている目線の位置、たとえば地上から見上げているのか、飛行機の窓から見るのでは大違いなのですが、それでも巨大な雲が空に存在していることには変わりません。

さらに日本人には、春の霞雲や夏の入道雲、秋の鱗雲に冬の筋雲など、前述のように季節を示すアイコンであると同時に、キノコ雲など、歴史の象徴たる雲まであります。

わたしもいつか、肉体から解放された時に、雲の仲間入りをして祭日を楽しめるとよいのですが。

その時は、お友だちの雲さんと手をつないで縁日でもひやかしますか。

こちらの作者は詩作をしながら帝大で建築を学び、在学中に3度も辰野賞を受賞した天才です。

関口教会を設計した丹下先生の1級先輩にあたります。

堀辰雄さんの知己を得て、信濃追分に住むものの、土地の旧家の娘に恋をし、相手が嫁いでしまうと、結核に冒されていたこともあって、24歳の若さでこの世を去っています。

心から慕っていた相手が結婚してしまい、人生がむなしくなってしまうと気持ちは、単なる青春の思い出以上のものがあると、私も思います。

しかし、もっと長生きをしていたら、自分では思いがけない場面で形を変えた雲に再会することだってあったかもしれないのにと、この詩を読んでいて思うのです。

そして、雲や私たちを司っている、その向こうに存在する「天」の意思に触れることだって。

人間はいつか大地に返るという言い方で死を表す人もおりますが、自分の信仰では「帰天」と呼びます。

つまり、父なる神の御許に帰るということです。

むかし歌った賛美歌に、次のような文言がありました。

遥かに仰ぎ見る　輝きの御国に

父の備えましし　楽しき棲家（すみか）あり

われらついに　　輝く御国にて

清き民と　　　　ともに御前に会わん

お葬式の時に歌われる歌だそうですが、私はメロディの美しさに、当時いちばん大好きな讃美歌でした。

むかし迫害されたキリシタンや真宗門徒みたいに、現世を疎んだり倦厭したりするのではなく、神仏や天に対して現生における心からの感謝の気持ちを述べながら、その許へ旅立つというのであれば、とても幸福なことではないかと思いながら、またブロンプトンのペダルを漕いで走り出すのでした。

そのことも含めて、神さまに感謝です。

（おわり）