本日は絶好の引き籠り日和なので、畑に出る前にネットで畝の作り方から唐辛子の作り方まで一通り調べてみる。
調べてみて分ったが、畝って随分と大きく作るのね^^;小さな庭での家庭菜園とかなら、一つ作ったら終わってしまいそう・・・
田を六等分して近所の人に貸し出そうかと思っていたけど、こりゃぁ止めた方が賢明だ。
僕が汗水垂らして耕した畑も、二つ作れたら良い方・・・明日にでも追加で耕すか。
日本の土は酸性質なのが多いのでクド石灰?や灰を蒔くと良いともかいていた。蒔く事によって、土を弱酸性~中性~弱アルカリ性とかにするそうだ。写真を見ると、プロは贅沢な使い方をしている。昨日僕も蒔いたが、どうやら少ないみたいだ。大地の恵みで稼ぐってのは、楽な事じゃないと、改めて思う。本来ならば、野菜の値段ももっと高くないとおかしいと思うが、安いと言う事は、農協とかが間に入ってピンはねしているのだろうと思った。手間や経費などから考えると、もっと高くても当たり前だと思う。それが行なわれていないと言うことは、僕の知らない世界が、そこにはあるのかもしれない。TTPとかに反対しているのを聞くが、そこには利権の臭いがすると思った。農協は苗など種子の販売や農業に必要な物の開発及び販売などをやっていれば良いと思うのだが、他にも食指を伸ばしているのかも知れない。以前、従兄が技術職なのに家電製品を売っていた事があった。いくら不景気だとは言え、餅は餅屋に任せるべきだ、でないと火傷するぜと言ったのを思い出す。
唐辛子の作り方を調べていて知ったけど、作物ってのは同じ物を同じ場所で植えてはいけないのね。
それを連作障害とか言うらしい。しかも、同じ科目の物もいけないらしい。例えば、唐辛子なら、ピーマンとか多分ナスビも駄目だと書いてあった。にゃるほどね。詳しくは調べなかったけど、菌がどうとかで、同じ物や科目を植えてはいけないらしい。今度から、野菜の科目も注意して見るようにしよう。
昔の人は、多くの失敗をして、今日の域にまで達したのだろうと想像すると感慨深いものがある。
畝の作り方を調べている時に、写真を見て思ったのだが、僕が耕した畑の土とは質が随分違う。
僕が耕した畑は、土が小さな玉になっているのが多く、ネットで見た土は玉が殆ど無く肌理が細かく柔らかい印象を受ける。土の質が違うのだろうか?
僕が耕している畑は、元々田んぼだったから、もしかすると土の質が違うのかも知れない。だけど、耕運機を雇って耕してもらうと、ふかふかの土になっている。謎は深まるばかりだ・・・
軽く唐辛子の作り方を調べた後、僕は畑にカナを持って出た。玉になった土を砕くためだ。昨日買った唐辛子の苗も発泡スチロールの箱に入れてついでに持って出る。昨日折れた茎が萎びていたので、唐辛子に水を与える。唐辛子は南米とか熱い所でも育つので丈夫な物かと思っていたが、案外そうでは無いらしい。そう言えば、育て方を書いた所にも書いていたな・・・イメージと違うので少し残念に思う。唐辛子からするといい迷惑だ^^;
片手で玉の土を掬うと、カナの柄で叩いて砕く。が、簡単には砕けない。中にはそこそこ大きな石もあった。石にヒットする度に取り除いていく。
次に踵で踏んで崩していくが、これも今一つ効果が表れない。
次にレーキ?(猪八戒が持っている武器みたいなの)で玉になった土を集めてザクザクと振り下ろしてみる。ふむ・・・これは先ず先ずの成果だ。そこで暫く集めては砕き、掃っては集めまた砕くと言う、まるで南アフリカで囚人にさせているような拷問に近い作業を暫くやってみる。
だが、それも飽きてきたし、他に良い手は無いか?と考え、駄目元で鍬を持ってきてそれで集めた玉の土をザクザクと耕してみると、これが中々はかどるようだ。だが鍬はレーキより柄が短いので、長時間続けての作業が出来ない。耕している時の中腰が辛い・・・
鍬で耕しては休み腰を伸ばし、また耕す作業を繰り返していると、いつの間にか日が傾き出したので、本日の作業は終了にする。
ちょうど良いタイミングでアイ・ポッドからは硫黄島からの手紙の曲が流れている。
タバコを吸いながら今日の労働の証を確かめると、50cm×50cmくらいしか耕していない・・・
明日は三叉の鍬でやってみよう。何事も実験だ。昔は耕運機すらないのに、作物を育てていたんだ。だから何処かに必ず道はあると僕は思う。
ガクガクした足取りのケン・ワタナベのような気分で帰宅して、鏡の前で頭に巻いていたタオルを取ると、額の色が違っていた。日に焼けたようだ・・・明日は頭に被る傘と日焼け止めを買いに行こう。紫外線って、お肌に悪いのよね・・・などと、最近流行りのオネエ系のノリで思いつく。
僕って、意外とミーハーなのかもしれない・・・