CU・L・GO

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日々の事や、思った事等を書き綴っています。

実は、このブログ、間抜けな事を平口で語っていますが、思想や予言の頁だったりします。

だから、お子様には悪影響があるかも?なので、注意して読んで下さいね^^;

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本日、次期科目選択の申し込み期日も近かったので、以前に受けた単位認定試験の結果が気になって大学のホームページを見てみた。

ホームページには前日に結果をアップしたとあるが、そこがどこか分からないので大学に電話で問い合わせた。

場所を聞いて早速見てみると、結果は全て合格だった^-^v

試験当時、そこそこ頑張って勉強したものの全く自信が無くて最悪の場合は全て追試だろうと思っていた。だが、それを覆す結果でホッとした。

努力が報われたって感じだ。何だかとても嬉しい。

B評価が2つあったが、残りはA評価だった。ゲートはくぐれば良いと考える方だが、次の学期は全てA評価をもらえるよう頑張ってみたい。何となくだが、その様な欲が出てきた。って、何を基準にA評価とかB評価にしているのだろうか?

テストの点数だろうか?レポートの点数だろうか?はたまたその両方だろうか?

ま、出す物はハイ・スコアを狙えって事と解釈しておこう。

これで向後の憂い無くFPの試験に専念できる。これも今回の単位認定試験みたいに運良く通れば良いが、世の中そんなに甘くないので、後は自分の努力次第だ^^;

残り二週間ほど頑張ってみよう。テレビで予備校講師の林さんが東大生受験生に贈った言葉で、一ヶ月勉強し続ける事は大変なことだと言っていた。流石に東大を目差すほど頭は良くないので、凡愚の類である僕は、せめてその半分でもこなしてみせようと思う。

今越えようとしている壁はかなり高い。挑戦する前から臆している。あ~ぁもっと賢く生まれていたらなぁと、弱音を吐いておこう。

この時期になると、あ~ぁ後一ヶ月あったらなぁ、などとよく思う。じゃぁ二週間前から頑張れば良いものを、それができないからこの様なんだと思う。別に目差してはいないが、やっぱり東大への道のりは厳しいね。FPの2級ですら蹴躓いている。

若かれし頃、お師匠様が「継続は力なり」とよく言っていたのを思い出す。努力する癖ってのが必要なのだろう。それが東大受験生と凡愚の輩の差なのだと思う。

少しぐらいは出来なきゃね、と、自分に言い聞かしているよ。
本日、昨日の介護で疲れたのか?ダラダラと過ごしてしまう。

昨日録画した池上さんの番組を見ていた。

一昨日のブログで憲法について少し書いたが、憲法とは、権力者が守らなければならないルールだと教えてもらった。

なるほど・・・すると渡辺は思想的にも憲法違反となると思った。人が人として生きる権利を侵害し、自身はやらないくせいに他人には死ぬまで働けと労働を強いるような奴が政治家とは、世も末である。

これでは民のための政治は到底難しく、利己に奔る事が予想される。そうなると、ただですら湿気た世の中なのに、今以上に酷い、人が人としての心を忘れた醜い世界が作られていくであろうことが予想される。

権力を持たせてはいけない人間に権力を持たせたのは罪であると思った。世の中には人の上に立つ資質が無いのに立っている輩は多い。人を導く立場の人間は、自身の在り方や考え方を顧みなければならないと常々思う。馬鹿が上に立ったら下が苦労するからだ。

夕方、久しぶりに昼寝をしてしまう。

普段は昼寝は殆んどしないのだが、疲れていたのだろうか?ちょっとのつもりが2~3時間くらいぐっすりと眠ってしまった。

昼寝って良いね。夜眠れなくなるのは難点だが、目覚めた時はスッキリしてその後が捗る。これで夜に普通に眠れたら、余程疲れが溜まっていたことになる。

夜、庭先に出て煙草を吸っていると、外の風が心地よく風が変わったことを肌身で感じた。

夏の暑さを我慢するのも後少しかもしれない。秋が待ち遠しいよ。
けふは終戦記念日。おもへばあのひ・・・ではなく、

正午の時報を合図に先の大戦で亡くなられた者達へ一分間の黙祷を捧げる。

今日が年に三日平和などについて考える日の最終日だ。

今の世の中と戦中を見比べてみると、あることに気付く。

今も昔も人の使い捨てをしていることだ。

戦時中、多くの英霊達が戦場に散って逝った。玉砕という戦術は、場所にもよるが決して良い戦術ではない。

民間人も多くの方々がお亡くなりになられた。

人というものは、色々な可能性を秘めている。大事を成すのには、先ず人の力が必要であり、それ
以上でも以下でもなく、それ一つに尽きると僕は思っている。

それ故、人は大切にしなければならない。

指導者が進退窮まって責任をとって自決するのは構わないが、それに未来ある若者を付き合わせる必要は無いと思う。

企業は買い手市場をいいことに、自身にとって都合のいい事をのたまい、やるべき事をやらずに労働者に労役を課しているところが多いと聞く。

使うだけ使い倒して、使えなくなったら棄てる。

果たしてこれが人として正しい事なのだろうか?

週刊文春WEBの記事でこのようなのを見た。http://shukan.bunshun.jp/articles/-/2761

先頃、参議院議員に当選された某先生が会長をやっていた会社なのだが、彼が熱き思いを込めて書いたであろう理念集という冊子にこの様な一節がある。

『365日24時間死ぬまで働け』

経営者側が従業員に対して、この様な事を言うのは、いかがなものだろうか?と思うのは僕だけだろうか?

従業員の人権蹂躙であり、『日本国憲法第二十五条・すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。』この文章の、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。の箇所を侵していないかい?365日24時間死ぬまで働くと言うことや、働けという命令形の言葉を強いられては、どの様に考えても健康で文化的な最低限度の生活を営む事は不可能だし、その権利を有しているのに、それを侵害していると思います。

憲法は誰が守るべきものなのか?と問われたら、僕は無学なのでよく分からないが、たぶん政府だろうと思います。

だが、僕個人の考えとしては、日本人なら守らなければならないことだと思うのね。

この度、めでたく参議院で当選して政府の側になった人が、『365日24時間死ぬまで働け』
なんて言っていても良いのだろうか?

言論や表現の自由はある。だが、自由と対で責任がパックとしてもれなく付いてくる。この発言に対する責任は、どの様な形でとられるのだろうか?

僕は子供の頃、『自分自身ができないことは、他人に望んではいけない』と言われて育った。それは今でも守り続けている。

『365日24時間死ぬまで働け』と書面に書かれた渡辺さんと言う人は、僕よりも地位が高い方のようなので、勿論、僕の親が言ったことくらいは難無くできるのだろうと思う。

と、言うことで、渡辺美樹さん御自身が冊子に書かれて社員に配っている事の内容を、先ずは御自身が模範となって行動で示してください。

これは僕の個人的意見なのだが、365日24時間死ぬまで働くという事は物理的に不可能だと思います。いくら体力に自信がある若者だって365日は無理でしょう。可能ならば、ギネスブックにでも載っていると思います。

彼の御両親は、僕の両親とは違い、『自分自身ができないことは、他人に望んではいけない』と言う人として基本的な事すら教えていなかったのだろうか?と思いました。

さて、話は戻しますが、過去の歴史において人を使い捨てにしたが故に、待っていたのは一面の焼け野原である。今の人々は歴史に学ばなければならない。昔と同じ様に人を使い捨てにしていると、待っているのは辺り一面の焼け野原だからだ。

この国には資源が無い。よって人材こそが大切なのだと思う。全ての事柄において初めに人ありきである。その人間を粗末に扱ってはならない。人を粗末に扱うと言うことは亡国の兆しであると思う。

先の大戦において散って逝った英霊達や、戦災にあわれて無念の死をとげられた一般市民の方々は、当時と比べて発展した今の日本を見て、立派になったと喜んでばかりいるのだろうか?

僕は違うと思う。身形は立派になったが、中身が当時と変わらない、または劣化したと思われるのではないだろうか?

年に一度、己を顧みる日があっても良いと僕は思う。ほころびがあったのならば直せば良い。そしてより良い社会を築いていくことが亡くなった方々へのせめてもの供養だと思います。

本日、八時十五分に黙祷を捧げる。

年に三日だけ平和について考える日を設けている。今日はその初日だ。

もう、あれから六十八年の月日が経つ。

戦争は最後の外交手段とは言えど、やはりやるべきではないとは思う。だが、昨今の情勢では一歩間違えたら戦争が始まりかねないと思う時がある。

日本の周りには必ずしも平和主義の国が存在するとは限らないからね。大陸覇権主義って言うの?力を付けたらその事を思い出した連中とか、元々の飼い主(宗主国)に尻尾を振っている国すら存在する。そうすると戦の時は、奴等が先兵となってやってくるだろうね。

戦争は嫌だが、他国の侵略を甘受するつもりは更々無い。

戦争を否定するのは良いが、人が人として生きるために戦う事を否定してはいけないと思う。それこそ何所ぞの輩みたいに戦いもしていないのに戦ったと嘯き被害者ぶっているような無様で筋の通らない輩に成り下がってはいけないと思う。

戦争は悲惨だ。何も生み出さない。勿論、僕も嫌いだ。だが、その悲惨さだけしか教えず戦いの本来の意義すら否定する教育は、後々の世に先ほど言った、やることもやらないのに喚き散らすだけの無様な輩をこの国でも生み出す結果となるだろう。

教育とは実に恐ろしい物で、今の教育者たちは忌み嫌う旧帝国と同じ事をやっていると思う。一言で言えば洗脳ね。教えている内容が違うだけであって、やっている事は同じだよ。それはやっぱり恐ろしい事だよ。

原爆症に認定されると、月額13万円ほど貰えるとニュース23で聞いた。

こりゃぁ良くない連中の利権の温床になるかもね。国によっては13万円って、けっこう遊んで暮らせると思うのよ。

本当に苦しんでいる人には早く認定するべきだけど、金欲しさにたかる連中も多いんだろうね。

生活保護の件でもそうだけど、たかり廃りの卑しい輩によって、本来助かって労わられるべき人々が助からなくなる可能性がある。そんな事を許してはいけないと思う。
本日、試験開けの休日二日目。

よなが一日ゲームをして過ごす。

夕方、郵便受けを見てみると、JTから物が届く。

早速開けてみると、何やら懐かしい駱駝のマークが描かれた箱が入っていた。

おお、これは!!!

昔吸っていたキャメルが新しくなって復活したようだ。

思えばあの日、震災の後、売れ行きの良くない商品が絶版になり、キャメルを求めて市内中を走り回り買い占めたあの日が懐かしい。

それから早二年。今はラークマイルドクラシックを吸っている。

早速試飲。う~ん懐かしい味だ。

昔の記憶と比べると、癖が無くすっきりとまとまっている。だが、アタックもある。

箱の中に煙草のサンプルと宣伝用の冊子が入っていた。よく見てみると、黒と白の二種類出ているらしい。

よし、今後はこれにしよう。

今あるラークの残りを吸い終わったらキャメルに戻ろうと固く心に誓った。

何となくだが禁煙しようと思っていたが、その思いは瞬く間に消し飛んだ。

さて問題は、今までと比べると値段が30円高くなっていることだ。約900円、2箱分多くかかることになる。

ま、いいか^^;