
スーパーで小松菜をさがす
「食べて応援!」
ああ、そうだったな
じゃあこっちのにしようかな
私はときどきあれを忘れそうになってしまって
たとえば一本の木のお金の使い方とかに心をもっていかれる
それでいいの?
それでいいの?
と何かがささやくけれど
わたしはわたしのいずまいをどうすればより良いのかよくわからない
何度か現地作業の方の健康に関する色々で汚染してしまった場所をたずねたけれど
ウィルソンの霧箱のイメージがいつもわたしの頭を支配してこわかった
なんというか
そこは日本でありながら何かそうでない別の場所になろうとしていて
でもほんの10分くらいの場所では一見ふつうの暮らしが営まれていました
テレビは時々思い出したように
皆さんはいまだ困っておられます
行政が行政が行政がと繰り返すけれど
たとえばポケットに残ってた少しばかりの自由になるお金を
どこに持っていけば隣人に直接届くのかは教えてくれません
きっとみんながこの
「うまく表現できないけどなんだかすまないようなきもち」
をいつも心のどこかに抱えていて
どうしてよいかわからないまま毎日の暮らしにながされていくのだと思います
わたしもこの少しいいわけがましい色々をどう結んでいいのか
そんなことすらわからないでいます
あれが良くない夢だったらな