リアルタイム性を失った神輿体験ブログ。
本日のUPは、5月13日下谷神社。
今年は本祭で本社神輿が出ました。
下谷神社は上野駅から浅草通りをしばらく行った右手にありますが、
本社神輿の巡行経路は南北に長く、
浅草通りの1本南の春日通りを過ぎて、
さらに、もう一本南の蔵前橋通りまで行き、
一日がかりで戻ってきます。(巡行図はこちら。)
我々がお世話になっている宮元町会では、
南の方にへ送り出す前の10:30~11:05と、
その巡行から戻ってきた18:10~18:30の
宮入道中を担ぐことができます。

午前の本社渡御に向かう途中、
”どこの神輿場にもいる”瑞凰會(碑文谷)、発見。
午前中の本社渡御では、
本社待ちの列につくのが遅かったために、
なかなか神輿につけませんでしたが、
友義の芝山君が先に棒についていたので、
そこを突破口に、
交代で次々に肩を入れることができました。

渡御が終わる度にこんな感じ。
担いじゃ飲んで、担いじゃ飲んでが繰り返されます。
友義の木村さんと芝山君のところのジュニア。
午前と夕方の本社渡御の合間は宮本の町会神輿。

下谷神社の鳥居の下で。空は快晴。

吠える芝山。
タイ国営放送が取材に来ていました。
町会神輿、無事巡行終了。
さて、夕方、本社の宮入道中。
今年もあんなことやこんなことがありました。
担ぎ手が殺到し、もみ合い、棒の奪い合いを繰り返す。
その結果、神輿は進行方向が定まらないでフラフラ進み、
ときどき急に変な方向に勢いよく突っ込んでいくことがあります。
下谷や鳥越などの宮入道中ではよくあるいつもの風景ですが、
今回は私が左に入っているときに神輿が急に後ろにバック。
これに担ぎ手の足が追いつかず、
前から順に足を挟まれ将棋倒しになり、
落ちてくる神輿から脱出不能状態になりました。
皆仰向け状態で、顔の前に千貫神輿の巨大な棒が迫るという。。。
ああ、こりゃ死ぬかもな、とか、
祭で死ぬなんざアホだね、と笑われるな、とか思っていると、
横に川崎・馬絹の顔見知りの若い衆。
目が合って、私をさっと引き抜いてくれました。
人間なんて簡単に死ぬんだなと、
死を身近に感じる出来事でありました。
本社神輿待ちの担ぎ手。ズラリ。
その中に、日本橋「魚櫓魚櫓」のマスターを発見。
2010年の様子
2009年の様子
2008年の様子 日本全国のお祭りをサポート!お祭り.com
本日のUPは、5月13日下谷神社。
今年は本祭で本社神輿が出ました。
下谷神社は上野駅から浅草通りをしばらく行った右手にありますが、
本社神輿の巡行経路は南北に長く、
浅草通りの1本南の春日通りを過ぎて、
さらに、もう一本南の蔵前橋通りまで行き、
一日がかりで戻ってきます。(巡行図はこちら。)
我々がお世話になっている宮元町会では、
南の方にへ送り出す前の10:30~11:05と、
その巡行から戻ってきた18:10~18:30の
宮入道中を担ぐことができます。

午前の本社渡御に向かう途中、
”どこの神輿場にもいる”瑞凰會(碑文谷)、発見。
午前中の本社渡御では、
本社待ちの列につくのが遅かったために、
なかなか神輿につけませんでしたが、
友義の芝山君が先に棒についていたので、
そこを突破口に、
交代で次々に肩を入れることができました。

渡御が終わる度にこんな感じ。
担いじゃ飲んで、担いじゃ飲んでが繰り返されます。
友義の木村さんと芝山君のところのジュニア。
午前と夕方の本社渡御の合間は宮本の町会神輿。

下谷神社の鳥居の下で。空は快晴。

吠える芝山。
タイ国営放送が取材に来ていました。
町会神輿、無事巡行終了。
さて、夕方、本社の宮入道中。
今年もあんなことやこんなことがありました。
担ぎ手が殺到し、もみ合い、棒の奪い合いを繰り返す。
その結果、神輿は進行方向が定まらないでフラフラ進み、
ときどき急に変な方向に勢いよく突っ込んでいくことがあります。
下谷や鳥越などの宮入道中ではよくあるいつもの風景ですが、
今回は私が左に入っているときに神輿が急に後ろにバック。
これに担ぎ手の足が追いつかず、
前から順に足を挟まれ将棋倒しになり、
落ちてくる神輿から脱出不能状態になりました。
皆仰向け状態で、顔の前に千貫神輿の巨大な棒が迫るという。。。
ああ、こりゃ死ぬかもな、とか、
祭で死ぬなんざアホだね、と笑われるな、とか思っていると、
横に川崎・馬絹の顔見知りの若い衆。
目が合って、私をさっと引き抜いてくれました。
人間なんて簡単に死ぬんだなと、
死を身近に感じる出来事でありました。
本社神輿待ちの担ぎ手。ズラリ。
その中に、日本橋「魚櫓魚櫓」のマスターを発見。
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