成功体験によって生まれる自信と弊害。
先日も書いたのですが、
チビくさこは右方向にしか寝返り返りをしません。
なので、端までいってしまうと
私たちが方向をかえるか、
元の位置まで戻してあげないとなりません。
しかし、もともと、
寝返りができなかった頃は
左方向にも必死にチャレンジしていました。
右方向に寝返りが成功して以来、
同じ動きを繰り返し、
すっかり上手になり、
寝返り返りまでできるようになりました。
で、連続して転がれるようになって
移動できるようになってしまったら
いつのまにか、左方向にはチャレンジしなくなっていたのです。
どうみても、
もう、やる気さえあれば左方向にも寝返りも寝返り返りもできそうなのですが、
やりません。
逆に、そこでは寝返りは難しいだろう、と
思えるところでも、
右方向なら、やってのけてしまうのです。
彼女のなかに
右方向の寝返り返りはマスターしたという成功体験
が、確固たる自信をうんでいて、
できる、と思ってやるからできるんだ、と思えます。
さらに、右方向をマスターしたため、
そちらでもっと難しいことにチャレンジしようとして
まだ、身体機能がおいついていなくて
いらいらしています。
が、実は。
同じことを左方向でやるだけで、
多少の努力は必要であっても
彼女の世界は、今の倍になるのですが、
そのことにはとんと興味がないのです。
これは成功体験がもたらしたある種の弊害、とも
とらえられるかな、と思いました。
おとなも同じですよね。
同じことをちょっと視点をかえて取り組むだけで
世界は飛躍的にひろがることがあるけど、
自信をもったフィールドからなかなか視点を動かすことができなくなってしまう。
別に、成功体験を否定しているわけではありません。
彼女をみてると成功体験からくる自信のパワーはすごいなあ、と
感動します。
できるようになったからこそ、
ちょっと、やる気をだしてみれば、
もっといいのにね、なんてよくばりなことを
思ってみてしまうのでしょうね。
また、娘からおそわりました。
さて、また方向転換をしてやらなければ
ならないようです(笑)。
チビくさこは右方向にしか寝返り返りをしません。
なので、端までいってしまうと
私たちが方向をかえるか、
元の位置まで戻してあげないとなりません。
しかし、もともと、
寝返りができなかった頃は
左方向にも必死にチャレンジしていました。
右方向に寝返りが成功して以来、
同じ動きを繰り返し、
すっかり上手になり、
寝返り返りまでできるようになりました。
で、連続して転がれるようになって
移動できるようになってしまったら
いつのまにか、左方向にはチャレンジしなくなっていたのです。
どうみても、
もう、やる気さえあれば左方向にも寝返りも寝返り返りもできそうなのですが、
やりません。
逆に、そこでは寝返りは難しいだろう、と
思えるところでも、
右方向なら、やってのけてしまうのです。
彼女のなかに
右方向の寝返り返りはマスターしたという成功体験
が、確固たる自信をうんでいて、
できる、と思ってやるからできるんだ、と思えます。
さらに、右方向をマスターしたため、
そちらでもっと難しいことにチャレンジしようとして
まだ、身体機能がおいついていなくて
いらいらしています。
が、実は。
同じことを左方向でやるだけで、
多少の努力は必要であっても
彼女の世界は、今の倍になるのですが、
そのことにはとんと興味がないのです。
これは成功体験がもたらしたある種の弊害、とも
とらえられるかな、と思いました。
おとなも同じですよね。
同じことをちょっと視点をかえて取り組むだけで
世界は飛躍的にひろがることがあるけど、
自信をもったフィールドからなかなか視点を動かすことができなくなってしまう。
別に、成功体験を否定しているわけではありません。
彼女をみてると成功体験からくる自信のパワーはすごいなあ、と
感動します。
できるようになったからこそ、
ちょっと、やる気をだしてみれば、
もっといいのにね、なんてよくばりなことを
思ってみてしまうのでしょうね。
また、娘からおそわりました。
さて、また方向転換をしてやらなければ
ならないようです(笑)。