木を見て森を見ず、どころか・・・。
木を見て森を見ず。
→個別の状態にばかり関心が向いてしまい、全体を把握できない状況。
大局的見地がない。
このコトバを耳にしたことがある方、多いと思います。
上記の意味はネットからひっぱってきましたが、
個々にこだわって、全体がみれなくならないようにね、という
戒めが入っているコトバだと思います。
でも、実際には、どんなときにも
木を見て、森を見よ
森を見て、木を見よ
→個々にだけとらわれず、全体を見よ
全体だけでなく、個々にも目を配ろう
という大局的な視点と洞察力を発揮することは
バランスよくあるべき、ですよね。
でも、昨日、話をしていたら、しみじみとこんな発言が
飛び出しました。
木を見て森を見ず、なんてレベルじゃない。
なんていえばいいかなぁ・・・
枝葉に執着し、森を彷徨うって感じ?
ハハハ・・・。
そりゃ大変、です。
私はいつも
目的のよくわからない会合
不毛なミーティング
結論のでない会議
の場にいると
木を見て森を見ず、ってのはこういうことだな
と思っていましたが、
この切実な叫び?!をきき、こっちの方が正しい!と腹におちました。
木を見て森を見ず、ならまだ救いようは確かにある。
でも、枝葉の1枚1枚に固執して、そこにのめりこんでいったら
最終的には、自分がもといた森すらよくわからなくなって
結果、そこを彷徨う迷子ちゃんになってしまう。
はじめに意図していたはずの問題も課題もどこかへふきとんで
結論がとんでもない方向にいってしまうことも、ある。
特に、かわった色の葉っぱなんかみつけた日には、さあ大変!!
みなさんも打ち合わせの途中でそんなことになってはいませんか?
森で迷子になったら、しばらく明るくなるまでじっとした方がいいんですって。
彷徨ってしまわないように、気をつけたいものですね。
→個別の状態にばかり関心が向いてしまい、全体を把握できない状況。
大局的見地がない。
このコトバを耳にしたことがある方、多いと思います。
上記の意味はネットからひっぱってきましたが、
個々にこだわって、全体がみれなくならないようにね、という
戒めが入っているコトバだと思います。
でも、実際には、どんなときにも
木を見て、森を見よ
森を見て、木を見よ
→個々にだけとらわれず、全体を見よ
全体だけでなく、個々にも目を配ろう
という大局的な視点と洞察力を発揮することは
バランスよくあるべき、ですよね。
でも、昨日、話をしていたら、しみじみとこんな発言が
飛び出しました。
木を見て森を見ず、なんてレベルじゃない。
なんていえばいいかなぁ・・・
枝葉に執着し、森を彷徨うって感じ?
ハハハ・・・。
そりゃ大変、です。
私はいつも
目的のよくわからない会合
不毛なミーティング
結論のでない会議
の場にいると
木を見て森を見ず、ってのはこういうことだな
と思っていましたが、
この切実な叫び?!をきき、こっちの方が正しい!と腹におちました。
木を見て森を見ず、ならまだ救いようは確かにある。
でも、枝葉の1枚1枚に固執して、そこにのめりこんでいったら
最終的には、自分がもといた森すらよくわからなくなって
結果、そこを彷徨う迷子ちゃんになってしまう。
はじめに意図していたはずの問題も課題もどこかへふきとんで
結論がとんでもない方向にいってしまうことも、ある。
特に、かわった色の葉っぱなんかみつけた日には、さあ大変!!
みなさんも打ち合わせの途中でそんなことになってはいませんか?
森で迷子になったら、しばらく明るくなるまでじっとした方がいいんですって。
彷徨ってしまわないように、気をつけたいものですね。