無関心と親中心〜母親の養育態度。
今日は久しぶりにきれいな秋晴れですね。
やっぱり、気持ちいいです。
よく考えたら、普通にお勤めしていても、
そろそろ産休に入る頃になりました。
ちょっとつづ、カウントダウン、です。
◇◇◇
大学の卒業研究で、私は「母親の養育態度」についての研究をしました。
よく言われるのは「中庸がよろしい」というやつで、
どんな要素であっても、それが極端なのではいい影響にはならない、というもの。
私の卒論ではあえて「特定の態度が徹底しているのがよい影響を及ぼす」という
結論が得られないか、ということに挑戦しました。
なぜかというと、
中庸がよろしい、バランスをとろう、というのは人それぞれ基準があって、
逆に迷ってしまう、という課題があって、
担当教官がアメリカのある研究に興味をもたれていて、
くさの、やってみるか、といわれたから。
その、ある研究、とはバウムリンドと言う人のもの。
細かく書いていくときりがないので、どんどん割愛しますが、
ここでは
厳格
受容
の2つの尺度について、その程度の高低をもとにマトリックス化し
4つの象限に対してそれぞれをグループ化して
命名し、それぞれに顕著な差があるかどうか、ということを
考察する、というやり方でした。
結果として以下のように、命名。
厳格=高、受容=高 → 指導的養育態度
厳格=高、受容=低 → 厳格な養育態度
厳格=低、受容=高 → 受容的養育態度
厳格=低、受容=低 → 親中心養育態度
当然のように感じられるかもしれませんが
好ましい養育態度としては、一番上の
指導的養育態度
という結果になりました。
厳しくするが、しっかりこどもを受容もしている。
そういう態度を親がとっているこどもは発達的な問題も少ない。
厳格な養育態度の場合、情緒的な側面での不安定さがみられ、
受容的養育態度には、男の子の一人っ子が多い、という結果がみられました。
そして最後の
親中心養育態度
に関して。
実は、ここの部分、アメリカの研究ではなんと命名されていたか、というと
無関心
というものでした。
厳格、受容、両方の尺度で得点が低い親は
自由記述やそれ以外の情報から
こどもに興味がない、という結論にいたっていたのです。
ネグレクト、というやつです。
でも、私が行った調査では、決して無関心なわけではありませんでした。
自由記述、その他の情報から検討した結果、
私が命名したのは
親中心養育態度
というもの。
両方の尺度で得点の低かった方の記述には
私の仕事の都合で
私の時間が
など、こどものことよりも多く、ご自身のご都合、趣味、仕事の
ことが多く書かれており、「こうしたいのはやまやまだが、できない」
という書き方がされていました。
学生の卒論にご協力くださるようなみなさんなので、
こどもに興味がない、という方はいらっしゃいませんでした。
が、しかし、実際に親中心、つまり自分中心になって、
そのことが親子関係においてうまくいっていない、と感じる方が
いらっしゃったことは事実でした。
最近の親、特に、母親が我が子の命を奪ってしまうというニュースを
みると、本当につらい気持ちになります。
そのおかあさんのことばの中に、
この「親中心」の要素がみられるように思え、また心が痛みます。
無関心な養育態度も問題ですが、
親中心養育態度は悩みをもちやすいもの。
私の卒論は、そこまで、でしたが、今、また考えていきたい、というか
考えるべき課題なのかな、と感じています。
やっぱり、気持ちいいです。
よく考えたら、普通にお勤めしていても、
そろそろ産休に入る頃になりました。
ちょっとつづ、カウントダウン、です。
◇◇◇
大学の卒業研究で、私は「母親の養育態度」についての研究をしました。
よく言われるのは「中庸がよろしい」というやつで、
どんな要素であっても、それが極端なのではいい影響にはならない、というもの。
私の卒論ではあえて「特定の態度が徹底しているのがよい影響を及ぼす」という
結論が得られないか、ということに挑戦しました。
なぜかというと、
中庸がよろしい、バランスをとろう、というのは人それぞれ基準があって、
逆に迷ってしまう、という課題があって、
担当教官がアメリカのある研究に興味をもたれていて、
くさの、やってみるか、といわれたから。
その、ある研究、とはバウムリンドと言う人のもの。
細かく書いていくときりがないので、どんどん割愛しますが、
ここでは
厳格
受容
の2つの尺度について、その程度の高低をもとにマトリックス化し
4つの象限に対してそれぞれをグループ化して
命名し、それぞれに顕著な差があるかどうか、ということを
考察する、というやり方でした。
結果として以下のように、命名。
厳格=高、受容=高 → 指導的養育態度
厳格=高、受容=低 → 厳格な養育態度
厳格=低、受容=高 → 受容的養育態度
厳格=低、受容=低 → 親中心養育態度
当然のように感じられるかもしれませんが
好ましい養育態度としては、一番上の
指導的養育態度
という結果になりました。
厳しくするが、しっかりこどもを受容もしている。
そういう態度を親がとっているこどもは発達的な問題も少ない。
厳格な養育態度の場合、情緒的な側面での不安定さがみられ、
受容的養育態度には、男の子の一人っ子が多い、という結果がみられました。
そして最後の
親中心養育態度
に関して。
実は、ここの部分、アメリカの研究ではなんと命名されていたか、というと
無関心
というものでした。
厳格、受容、両方の尺度で得点が低い親は
自由記述やそれ以外の情報から
こどもに興味がない、という結論にいたっていたのです。
ネグレクト、というやつです。
でも、私が行った調査では、決して無関心なわけではありませんでした。
自由記述、その他の情報から検討した結果、
私が命名したのは
親中心養育態度
というもの。
両方の尺度で得点の低かった方の記述には
私の仕事の都合で
私の時間が
など、こどものことよりも多く、ご自身のご都合、趣味、仕事の
ことが多く書かれており、「こうしたいのはやまやまだが、できない」
という書き方がされていました。
学生の卒論にご協力くださるようなみなさんなので、
こどもに興味がない、という方はいらっしゃいませんでした。
が、しかし、実際に親中心、つまり自分中心になって、
そのことが親子関係においてうまくいっていない、と感じる方が
いらっしゃったことは事実でした。
最近の親、特に、母親が我が子の命を奪ってしまうというニュースを
みると、本当につらい気持ちになります。
そのおかあさんのことばの中に、
この「親中心」の要素がみられるように思え、また心が痛みます。
無関心な養育態度も問題ですが、
親中心養育態度は悩みをもちやすいもの。
私の卒論は、そこまで、でしたが、今、また考えていきたい、というか
考えるべき課題なのかな、と感じています。