母の還暦。 | 『起業&キャリア』について後悔しない思考の「くせ」をつける方法〜キャリアコンサル日記

母の還暦。

今日は関東はあいにくの雨、またしても寒い1日となりました。

でも、私の実家、能登の方はいいお天気に恵まれたようです。


今日は、私の母の60歳の誕生日、還暦です。


4月には父が還暦を迎え、今日は母が還暦。


4人のこどもたちはみんな能登を離れてしまっているので
お祝いにかけつけることはできなかったのですが、
4人からのメッセージと、
私たち夫婦、妹夫婦、ふたりの弟の連名で60本のバラの花束を贈りました。




無事に届いて、よかったです。


◇◇◇


私にとって、働く、ということは
小さい頃から当たり前のように刷り込まれていたことでした。

それと同時に結婚してこどもを産むということも刷り込まれていました。


刷り込み、というとちょっとおかしいかもしれませんが、
母をみて育ったので、そこから自分が目指す女性像、というのか
将来像をつくっていったように思います。


誰にとってもそうかもしれませんが、
やっぱりもっとも強烈な私にとってのロールモデルは母でした。


私の母は看護士で保健士です。

東京では看護士として働いていたようですが、
父と結婚して東京から能登へやってきました。

それから私が産まれて、妹、上の弟、下の弟が産まれました。

私が小学校にあがる頃、母は保健士として、また働きはじめました。

多趣味な母で、父と一緒に社交ダンスの教室でおしえたり、
手話をやったり、和太鼓をやったり、ハーブをやったり、水泳をやったり。

もうちょっと早く帰ってきてほしい、と思っていたときもありましたが、
その分、祖母がいてくれたり、父が早く帰ってきてくれたり、で
寂しい思いはせずにいられました。

母がいろんな勉強をしてきてくれる分、いろんなことがとても身近に
あったと思います。
パワフル、という表現がぴったりな母。


自分の力で生きて行けるようになりなさい。


母の口ぐせでした。

とはいえ、まさか、雇われない生き方にまで私がいってしまうとは
思っていなかったでしょうが・・・(笑)。


母から言われたことばで忘れられないことばがあります。


高校生の頃、ピアノを習っていたとき、グレードテストを受験していました。

中学生の頃から受験していて、簡単に合格していたので
私は本番に強いんだ、とちょっと過信していたところがあったようです。

はじめてグレードテストで失敗をし、不合格になってしまいました。

私は不合格になったことがショックで、ぐずぐずと泣いていました。

母はそのときにこういいました。


そんなに泣くんだったら、もっとちゃんと練習すればよかったでしょ。
本当は泣くほどなんて頑張らなかったんじゃないの。


なんか文字にすると冷たい感じがしますが、
そのときの私にとっては目からウロコというか、
自分の考え方が間違っていた、と思えました。


それからです。

絶対に後悔しない、という思考回路を自分に徹底するようになったのは。


後で泣くくらいなら、先にしっかり頑張り抜く。


みなさんよくご存知の「負けず嫌いなくさのさん」はこうしてできあがったのです(笑)


もうすぐ私のところにも新しい家族が産まれてきます。

一番身近なロールモデルの母、順番が逆転して先輩ママの妹から学びつつ、
私も、私らしい母親になっていきたい、と思います。


ちなみに母の今日の決意は


お父さんの「5番目のこども」をやめて「奥さん」になる。
まずは呼び方をお父さん、から父の名前にしようかと思う。


だそうです。

本当におちゃめでかわいらしい母です。

これからも元気で、末永く、お父さんと仲良く、楽しい毎日を!